協働の場において何を作り出すか(2)

研究者は、新しい概念や説明体系を構築する上で、「たとえ」に強く依存しています。例を挙げましょう。私が片足をつっこんでいる研究領域に、「学習」があります。ある研究者は、それまで行われてきた学習についての研究の背後には大きく分けて2つの「たとえ」があったと指摘しています。1つが「学習とは何かを獲得することである」というたとえ、もう1つが「学習とは何者かとしてどこかに参加することである」というたとえです。

第一のたとえ。多くの人は、「学習とは何かを獲得することである」というのはたとえではなく、学習そのものではないかと反論するかもしれません。しかし考えてみてください。学習とは実に複雑な出来事で、そこには、脳神経学的な変化もあれば、身体運動的な変化もあり、かつ、そうした微細な変化を目に見えるようにするいろいろな装置(その代表がテストです)が絡み合って、私たちはそれらをひっくるめて学習と呼んでいるようです。この個人の身の上に起こる「変化」という現象を、この第一のたとえは、「獲得」という用語の体系で説明しようとします。たとえば、「知識を手に入れる」とか「頭に入りきらない」といったようにです。

第二のたとえは、それに対して、「頭がよくなる」とか「スポーツの選手になる」といった言葉の使い方を学習の見方の典型的なものとします。このたとえの背後にあるのは、身の上に起こる変化がある社会集団の中でどのように位置づけられていくのかという、社会的な立場とか役割の変化過程が学習なのだという考え方です。「頭がよくなる」というのは、実際に脳の性能が上がることではなく、「頭がよい」という部類に含まれる人間として評価される、という意味なのです。

ある社会集団の中で何者かになっていく過程が学習だ、とする考え方はなじみのないものかもしれません。それもそのはずで、この考え方をはっきりと示す理論が提案され、広まっていったのは1980年代の後半のことだからです。そうした理論を提唱した研究者に、エティエンヌ・ウェンガーという人がいます。ウェンガーが提唱した概念に「実践共同体」(communities of practice)というものがあります。これは、私たちの社会的な有り様を捉える概念で、ある実践的な課題によって結びついた社会的なネットワークが複数あって、私たちは同時に複数の社会的ネットワークに所属していることを説明するのに役立ちます。たとえば、保育園に通う子がいる親は、夕方近くなると、子どもを迎えに行くタイミングと仕事の切り上げ方を考えながら過ごすかもしれません。この親のありようは非常に社会的で、「家庭」という社会的ネットワークと、「職場」というネットワークに同時に所属していることに由来するのだ、と説明がなされます。

この実践共同体という概念を使うと、学習とは、その共同体により深く参加して、その共同体において中心的な人物となることと説明されます。ある職場で「仕事ができる」ようになっていく過程とは、単にその人の仕事にまつわる行動が変化することではなく、文字通り、ある仕事をまかせてもらえるかどうかという評価や立場、役割が変化する過程なのです。

このように、たとえが異なると、学習という現象の見方も大きく変わってくるわけで、どのようなたとえを採用するかということの重要性が明らかになったかと思います。ここで話を戻して、「新しいたとえを作ること」について考えてみましょう。その際に、ちょっと工夫をして、新しいたとえを作りながら、新しいたとえの持つ意味についてお話ししたいと思います。

先ほどのウェンガーの実践共同体に基づいて学習を説明すると、下の図1のようになります。楕円は実践共同体を、矢印はある人の社会的変化の軌跡を表します。周辺部から次第に中心部に移動していく様子が描かれています。ウェンガーの著書にも同じような図が描かれているのですが、私は、この図は多分に誤解を招くものであったと考えています。あまりにも平面的に過ぎるのです。

中心に近づく、それは実践共同体で展開されている仕事全体を見通せるような立場に身を置くことです。そのような立場に立ったとき、その人の視界には何が見えているのか、その見え方を想像してみてください。さきほど、ある人は同時に複数の実践共同体に所属していると言いました。実践共同体は複数あるのです。ということは、ある実践共同体の中心に近づくということは、その人の所属していない他の実践共同体からはどんどん離れてしまうことを意味するのです。つまり、ある人がある実践共同体の中心に近づくにつれ、他の実践共同体で何が行われているのか、どんどん見えなくなっているとイメージすることができます。ウェンガーは、このような事態に触れて、「何かが見えるようになることは、何かが見えなくなることだ」と述べています。

図1(省略)
 
しかし図1は平面的であるため、その図を見る読者の目にはすべて(円の中も円の外も)一望できます。これですと、中心に近い人からは円の外が見えないことがイメージしにくいのではないかでしょうか。

そこで、この円を、中心に近づくにつれて深くなっていくすり鉢状の穴として捉えてみましょう。アリジゴクの巣のようなものと思ってください。
 
図2(省略)

このアリジゴクを上から見ると、先ほどのウェンガーのオリジナルの図と同じになります。ただし、喚起されるイメージは異なります。矢印は中心にも近づくのですが、穴の底にも近づきます。すると、穴の外のことはよく分からないだろうということは読者にとって容易にイメージできるのではないでしょうか。ウェンガーの実践共同体に「アリジゴク」というたとえを挿入することによって、ウェンガーが当初想定していたであろうひとつのポイントがよりくっきりと見えるようになりました。

このように、新しいたとえを作ることによって、これまで見えていなかったものごとが誰にとっても見えるようになることがよくあるのです。

ところで、図2は世界を理解する上でのたとえの重要性を説明するためのものでしたが、これは、発達支援やソーシャルワークにとっても重要なたとえではないかと考えられます。たとえば、支援を受ける当事者の中には、当然支援を受けるに値する生活状況であるにもかかわらず、まったく支援を要請しないというケースがあります。それはなぜかというと、図2を用いて説明すると、その人はある実践共同体における実践にどっぷりはまっていて、底の方にすでに移動してしまっているわけです。そうすると、他の生活のありようが見えなくなります。外を歩けばいろいろな人がいていろいろな生活をしているのが見えるわけですから、見えていないはずはない。しかし、見えないのです。

こうした場合、ソーシャルワーカーは当事者の所属する共同体の周辺にあえて入り込み、その上で、他の共同体の存在そのものやそこからの情報や物資を伝えたりするという役割を帯びます。このような人のことを、ウェンガーは「ブローカー」と呼んでいるのですが、まさに支援者はブローカー的な立場にあるのです。

とりとめなくお話ししてきましたが、ここでまとめたいと思います。

支援者と研究者はそもそももっている概念や説明体系が異なるので、世界を異なった視点から見ています。そうした人々が協働する場合には、どちらかがどちらかを一方的に理解しようとするのではなく、異なっていることを認めた上での協働を模索する必要があるでしょう。その際に重要なことのひとつとして、新しい「たとえ」を考え出すという協働活動の目標を立てました。新しいたとえを協働で考え出すことによって、少なくともそれについては支援者と研究者の間で共通了解が取られているわけですから、それを手がかりとして協働活動を進めていけるのではないかと思います。
これはプラットフォームの1つの機能となると思いますが、その名称として、「たとえを作る場」、略して「たとえ場」というものを提案したいと思います。これはオリジナルだろうと思ってインターネットを検索したらけっこう出てきました。まねをしたわけではありませんが、少なくとも商標登録はできなさそうです。残念です。

ですが、機能ははっきりすると思います。プラットフォームにおいて創造された見事なたとえは、きっと、支援の場や研究の場においても有効に使われていくことでしょう。

協働の場において何を作り出すか(1)

これまでに参加させていただいたシンポジウムやワークショップを通して、発達支援という活動に、当事者・支援者・実践者のみなさまとともにどのように参加していけばよいのか、おぼろげながら見えてきたように思います。この場をお借りして、お知恵をお借りできましたことに感謝申し上げます。

私は研究者という立場からこのプラットフォームに参加するのですが、正直に言いまして、何をすればいいのかよく分かりませんでした。支援者の「困りごと」を話し合うワークショップが3回開かれ、3回とも出席しました。参加者のみなさまの口から困っていることがたくさん出てきて、なぜ困りごとが起こるのか、それを解消するにはどうしたらいいかといったアイディアもかなり話し合われたと思います。うかがっていて、私が今まで気づかなかった問題など発見も多々ありました。ですが、やはり研究者としてすべきことがまだぼんやりしています。

ひとつはっきりしているのは、このプラットフォームは支援者と研究者の協働の場となることを目指しているということです。これは、言うほどにはたやすくない道だろうと思います。

その大きな理由のひとつが、「見ているものの違い」です。注意したいのは「見てきたものの違い」ではなく、今現在見ているものの違いです。象牙の塔の中で本とにらめっこしてきた研究者と違い、支援者の方は現実と向かい合ってその矛盾を解決しようとしてきたと思うのですが、そういう意味では両者は「見てきたものが違う」わけです。しかし私がここで指摘したいのはそういうことではありません。

支援者と研究者という2つの職種の間で、そもそもものごとの見え方が異なると思うのです。と言って、何も、こちらの人にとっては赤いリンゴがあちらの人には黄色く見える、ということではありません。世界を理解する枠組みが異なるのです。

固い言葉を使うと、「概念」が異なるのです。ここで概念というのは、世界を分けるためのラベルとでも理解しておいていただければよいかと思います。たとえば「ほ乳類」という概念がありますが、これは、多様な生物を分類するためのラベルのひとつです。ほ乳類という概念を枠組みとして世界を理解する人もいれば、そうでない人もいます。そうでない人の代表は、子どもです。子どもは、日常生活で出会うさまざまな生物の間の類似点や相違点を独自に発見し、独自の分け方で生物界というものをとらえるわけです。それに対して、大人は、より体系化された分類の規則や生物多様性の生じるメカニズムなどを背景とした概念化を行っています。

ある動物をほ乳類と見ようがどうしようが、たいした問題ではないのかもしれません。確かに個々の概念のずれは小さなものでしょう。しかし、たくさんの概念を集め、それらの間の関係をひとまとまりの体系にしたとき、2人の間の世界の見方のずれは決定的になります。例えば、地面と天体を別のものと見るのか、それとも、地面も天体のひとつだと見るのかでは、概念も説明の体系もまったく異なるものとなり、かつ、異なる説明体系を持つ者同士の間では話が通じないことでしょう。言うまでもなく天動説と地動説の違いですが、こうした対立は過去のものではなく、現在でも、例えば進化論と創造説の対立がくすぶる国もあります。

さて、支援者と研究者は、同じように、異なる概念と説明体系のセットに基づいて世界を見ているのでしょうか。もしそうだとしたら、同じ対象、例えば支援を受ける当事者についてすら、見え方、理解の仕方が両者の間で異なるわけですし、そうした二者が同じ対象をめぐって協働することは難しいかもしれません。

両者の概念や説明体系が異なるという可能性は次の事実によって妥当なものになります。

支援者の経験や信念、ライフコースに関する研究は多くあります。こうしたことが研究の対象となるのは、そもそも、支援者の考えていることが研究者には分からないということ、それらは支援者に固有の何かであっていまだ言語化されていないということが前提されているからだと思います。
支援者の概念や説明体系を研究者が知ることは大切なことでしょう。ですが、そもそも、お互いについてよく理解することが大切なのでしょうか。よく理解した上で、概念のセットをどちらか一方のそれに統一することも可能かもしれません。しかし、それは難しいし、なにより、異職種協働ということの良さが失われてしまいます。ミイラ取りがミイラに、ではありませんが、1人の支援者が2人になったところで、困りごとが2倍になるだけです。これでは共倒れです。

大切なことは、協働のための、これまで両者のどちらも持ったことのない新しい概念と説明体系を構築し、両者がそれらを共有し、それを枠組みとして世界を共に見ることが必要だと思います。重要なことは、一方に合わせるのではなく、新しく作ること、そして、作っていく過程そのものが協働の場において行われる中心的な活動だということです。

ただ、概念を作ると一言で言っても難しい。そこで、ここでは「たとえを作ること」を提案したいと思います。 ((2)に続く)

家族とはなにか

 

家族とはどのような社会集団であろうか。

それは、一般的には、構成員が徐々に増加した歴史を持つ集団である。核家族を例に取ろう。はじめに、一組のカップルが成立したところから家族の歴史が始まる。この時点での家族の構成員は二人である。時間をおいて、カップルの間に子どもが誕生すると、構成員は三人に増える。以降、子どもが生まれるごとに構成員は増えていく。

無論、双子で誕生した子どもや、ステップファミリーなど、上記のモデルに当てはまらない家族は現実に多くある。しかしそうした多様性はここでは重要ではない。ここでは、時間の経過とともに人数が増加する集団という観点で考えてみたい。これは、多様性を越えた、家族の歴史の一般的特徴といっていいだろう。

時間の経過とともに人数が増加する集団においては、構成員の間で「一緒に過ごした時間」が異なるという事実がある。

家族においては、カップルは、第一子よりも、長い時間をともに過ごしている。第一子は、第二子よりも長い時間を家族三人で過ごす。言い方を変えると、二人で過ごした時間の上に三人で過ごす時間が重なり、三人で過ごした時間の上に四人で過ごす時間が重なっていく。このように、家族の場合は、一緒に過ごした時間が単に異なるのではなく、人数の増加とともにずれながら積み重ねられていくのが特徴である。

続・読み聞かせについて考えるのココロだー

上士幌中の石川晋先生のブログ「すぽんじのこころ」にて、先生が拙文をご紹介くださいました。

日刊『中・高校教師用ニュースマガジン』(中高MM)☆第2979号☆「読み聞かせる教室づくり」(17)石川晋(北海道)

北海道の学校の先生方とお近づきになりたくて、石川先生たちの主催される研修会にたまたま参加させていただいたのがお会いした最初だったと思います。参加するたびにショックを受けて帰ってくるのですが、一番のショックは、「学校の先生のサークル活動ってこんなに楽しいのか!」というものでした。

中でもすごく楽しそうにお話をされているのが石川先生で、そのお話の中身もずっと聞いていたくなるようなものでした。あらゆることがつきぬけているんですね。それ以来、石川先生は、私にとって「心の師匠」であります(ちなみに、心の師匠は30人ほどいます)。

その先生にご紹介いただき、感激しました。ので、こうして綴っているのです。

石川先生の読み聞かせについての考え方は、その後、ぼくが読み聞かせをしたり、誰かが読み聞かせをしているのを見たりするときの、感じ方のひとつの基準となっています。

教育の目的は文化の継承にあります。教育にたずさわる教師は、継承する文化の体現者でなければなりません。この考え方は早稲田の宮崎清孝先生が斎藤喜博について考察している中で述べていることですが、ぼくもそう思います。

本が文化であることはもちろんですが、本を誰かに読んであげることそのものも文化でしょう。石川先生は、教室の中で、読み聞かせという文化を体現しておられるのだと思います。読み聞かせの内容を通じて文化を伝えるのではなく、読み聞かせという文化そのものを伝えること。

以前、石川先生の上士幌中での授業を実際に拝見したことがありますが、中学1年から3年生まで、すべてのクラスで授業中に先生は読み聞かせをされていました。生徒たちはそこでは内容を聞くと同時に、「本を読んで聞かせる大人」と出会っているのだと言えます。生徒たちは、ゆくゆくは、「なぜその大人が読み聞かせをしてくれたのか」「その大人の背後にはどんな文化がそびえていたのか」について気がつくときが来るのでしょうが、それは中学を卒業した後のことでしょう。すぐには結果の出ないことなのです。

保育環境のアンビエント・サウンド

日本の保育所や幼稚園はうるさい。もう慣れてしまった人間からすればなんてことはないのだが,初めて足を踏み入れた人間からすると相当うるさい環境である。入園したばかりの子どもはまずこの「うるささ」に慣れなければならないのだろう。

ということからすると,保育所や幼稚園を「音」という観点で記述すること,そこにおける子どもの行動を,特有の音環境に「ニッチ」を発見し利用する過程として記述することはおもしろいのではないか。

多数の人間が集まって音を出し合っている環境を,「社会知覚的エコロジー」という視点で見てみよう。英語で言うと"socio-perceptive ecology"。教育社会学者F.Ericksonが学校教室を「社会認知的エコロジー(socio-cognitive ecology)」と呼んだのにならってである。「認知」ではなく「知覚」という語を入れたのは,人と環境との接面において起こる出来事を生態学的アプローチに依拠して記述したいから。要するにギブソン流に行く,という宣言である。

音とは,とどのつまり空気の振動だ。人は空気という媒質の振動に囲まれている。ギブソンにならえば,「包囲音波」(ambient sound)とでも言おうか。たとえれば,音の波が常に全身に打ち寄せている。無生物と異なるのは,打ち寄せ方を人自身が決められる点である。

人にとっての包囲音波には人工的なものも含まれる。最も身近なのが人の出す言語音声だろう。それ以外にも人は多様な音をまき散らしている。まき散らされ方は環境の構造を特定する。たとえば,視覚障害者が地下通路を歩くときなど,音の反射の仕方などで壁との距離が知覚できるという(伊藤精英先生の研究による)。音のまき散らし方を人は伝承してきた。その意味で文化的なものでもある。マリー・シェーファーはそのあたりを汲んで,サウンドスケープと言ったのである。

はじめに戻ろう。保育所や幼稚園は独特なサウンドスケープである。幼児はそうした環境に特定的な包囲音波においてどのように身を置き,自らそこで新たな音波を作り出すのだろうか。

保育所や幼稚園でよく見られる活動に,同じ言葉を複数人で一斉に言うものがある。かつて自分は「一斉発話」とか「同時発話」とか呼んだものである。例えば,朝の集会や食事前のごあいさつとして,あるいは合唱として,子どもたちは声を重ね合う。これによって,家庭などではあまり起こらない,独特な包囲音波が作られる。

どの辺が独特かというと,園で普通に会話しようとすると,うるさいなかで話さなければならないので,背景となる通奏音から自分の声を際だたせる行為が必要なのだが,一斉発話では反対に自分の声を他者の声に重ね合わせ,まぎれこませる必要がある。この点で一斉発話は独特なのである。

他者と声を重ねることを,協調的にタイミングを同期させた身体運動として見れば,それは発達初期から見られる人間の基礎的な能力である。一斉発話を単なるタイミング協調過程として記述してもダメだろう。子どもたちは自身のもつ基礎的な能力を用い,特定の環境で,どのような目標を目ざして,どのような行為を行うのかを記述することが重要である。というのも,能力そのものの発達を記述してもしょうがないから。能力とその環境はカップリングして発達しているはずだから。

これは日本の保育所・幼稚園に共通してみられるような環境であり,そこでの行為はあちこちで反復される可能性がある。だから1カ所の保育所・幼稚園を観察すれば,それで十分である。例えば,ある子どもの一斉発話における発声行為パターンはそうした環境であれば誰もが発見可能なニッチに基づいたものである可能性が高い。

という方向性で一斉発話研究を改めて見直し,書き直す。

保育と美学

無藤・堀越(2008)は,保育実践の質的な分析をおこなう上での視点として,美学の概念を導入した。イギリスの批評家テリー・イーグルトンの『美のイデオロギー』に依拠しながら,美的なもののもつ可能性を次のように整理する。

美的なものは人間に感覚的な方向づけをもたらす。その方向づけには2つの側面がある。一つは,自律的な行為者として内面的な統一感がもたらされる。もう一つは,他者との一体感が感覚的にもたらされる。

後者は重要で,これによって,言語など概念的な媒介をぬきにして他者との合意を形成することができる。これは,特殊な個人がそのまま普遍的な公共的存在に同化することを意味する。したがって,「~しなければならない」という法や「~であるはず」という法則は,強制によってではなく,むしろ喜びを通して内面に形成される。

言語的な媒介ぬきの一体感の感得というと,乳児期の自他関係を思い起こす。無藤・堀越の論は,幼児期におけるそうした出来事の分析を可能にする視座を与えてくれる点で,面白い。


無藤隆・堀越紀香 (2008). 保育を質的にとらえる 無藤隆・麻生武(編) 質的心理学講座1 育ちと学びの生成 東京大学出版会. pp.45-77.

複式学級の数は減っている

複式学級数.jpg

複式学級に興味が出てきて,とりあえず文科省の統計をごそごそと調べている。

平成15(2003)年からの学校基本調査がウェブから拾えたので,全国の小学校における学級数と複式学級のそれぞれの総計について,昨年度までの年次変化を視覚化してみた(ただし,公立校に限定)。

上に示したのがそのグラフ。左側の軸が単式,複式,特別支援ぜんぶ含む学級総数を,右側の軸がその中の複式学級数を示す。すでにこういうグラフは誰かが作っているかもしれないが,まあ自分の勉強のために。

パッと見て分かるのは,学級数は08年まで増加し,そこをピークにじわじわ減少してるのに対し,複式学級数は一貫して減少していること。

グラフには出していないが,学級数が増加しているのは特別支援学級の増加によるもの(03年:21,342→10年:30,329)で,単式学級数はほとんど横ばいか近年は微減。その中で複式学級が着実に減っているのはどういう意味があるのか。

こういう話って,自分が知らなかっただけで,教育学者の間では有名なのかな?日本で一番複式学級に詳しい人って誰なんだろう?

最後まであきらめない

雨上がりの日曜、近所の公園にアマネと散歩に出る。

一通り遊んだ後、ふと、山桜の木につぼみがついているのを見つけた。植えられて間がないのか、さほど高い木ではない。

大人の胸ほどの高さのところで木の幹が二股に別れている。それを見たアマネがそこに登ろうとし始めた。彼にとっては頭の高さよりもほんの少し高く、手を伸ばせば届く。幹を両手でかかえ、足をばたつかせる。雨上がりでなくとも山桜の幹はつるつるとして登りづらい。足をかける場所もそれほど多くない。

二股のところにアゴがかかるも、その瞬間足が滑り、歯で唇を盛大に切ってしまった。口の中が赤く染まり、涙がぼろぼろとこぼれる。ちょうど雨が降ってきたこともあり、「帰るか?」と聞くと、「最後まであきらめない!」と言って首を横に振り、もう一度登ろうとする。

もう服は泥だらけ、顔に血が上って真っ赤になり、鼻水だか涙だか分からないものが鼻提灯を作っていた。

何度も足をかけているうちに、手と足を踏ん張ってそのまま体を浮かび上がらせることを覚えたようだ。あと少し体をずらせば幹の二股に体を引っかけることができる。落ちてしまっては大けがのもとなので、ここで大人が手を貸してやる。それまでは、手伝おうとすると大声で「一人でやる!」と手をはねのけていたのである。

そうこうして、二股のところに腰をかけ、幹にしがみつく体勢を取ることができた。そこから降りてからも泣いている。最後の最後で大人の手を借りて一人で登れなかったのが相当くやしかったようだ。家までおんぶして帰ることにした。背中で道中ずっとひくひく言っていたのを聞きながら、成長を頼もしく思う。

ちなみに、「最後まであきらめない」という台詞は、一代前のスーパー戦隊、ゴセイジャーに出て来るゴセイレッド・アラタのものである。幼児期のパーソナリティ形成にスーパー戦隊が及ぼす影響というのも、このご時世にあって無視できないのではないか、とちょっと思ったりもした。

赤ちゃん人形が来た

来週月曜の非常勤で乳幼児心理学が始まる。その一発目でお出まし願いたいと思い、赤ちゃん人形を探していた。

赤ちゃん人形とは、看護学校や母親教室などで使う、沐浴や抱っこの練習用の人形のことである。

適当に検索すると簡単に見つかる。ただ、買うとなると非常にお高い。

さらに検索すると、何日かだけレンタルしてくれる業者を見つけた。今回は初日だけ使えればよいかと思い、早速発注した。「クリエイティブ九州」という、鹿児島にある、教材を取り扱う会社である。

クリエイティブ九州

沐浴人形2体ペア(新太郎くんと桃子ちゃん)を3泊4日でレンタル。火曜日に発注して、金曜日には届いた。早いなあ。

こうした人形は、今の息子が生まれる前、区の保健センターで開催された両親教室で沐浴の練習をしたときに初めて触れた。そのとき一緒に、妊婦体験なるものもした。子ども騙しだなとそのときは思ったのだが、今では、重要な経験だと思っている。

乳幼児の心理学を学ぶに当たって、やはり実際の赤ちゃんに触れているかどうかでは学び方が違うのではないか、そう思ったのである。ただ、授業でそれをするのは実際にはかなり難しい。それでもアマネが小さい頃、一度非常勤に連れて行ったことがある。机の上にごろんと横たえて学生に代わる代わる抱っこしてもらった。

それに代わるものとして、人形をもっていくことにしたのである。大事なのは、重たさ、大きさではないかな、と思っている。沐浴人形は実際の新生児ほどの重さ、大きさである。触った質感も、何というのだろう、「しとっ」とした肌触りである。それを自分の感覚で確かめておくことは、けして無駄ではあるまい。

たぶん、大事なのは想像力である。その一助となればと思う。

なぜ卒業式で泣くのだろう

今日は、調査でお世話になっている小学校で卒業式があり、参加してきた。

体育館に整然と座る子どもたちの間を縫って来賓席(!)にたどり着くと目の前に卒業生のための席が並ぶ。

在校生の演奏するエルガーの「威風堂々」をBGMに、卒業生が入場。みな「よそゆき」の格好をして、すたすたと着席する。

校長先生の式辞には、やはり震災のことがもりこまれた。

よびかけ。在校生と卒業生との間の、練習された対話。そこで交わされる内容は、けして「心から」のものではないだろう。用意されたスクリプトにしたがって子どもたちが叫んでいるだけだが、叫ぶことによっていつの間にか「心」ができあがってくる。

次第に卒業生がしくしく泣き始めた。見ると、在校生にも泣いている子がいる。この涙は、今日、この式に身を置き、一つ一つの所作を完遂し続けることによって起きた現象だろう。たぶん、悲しいのではない。今生の別れではないのだから。おそらくは、「式」を構成する所作の体系とその集団的な組織化の過程に自分の身を沈めることによるものではないかと思う。

けして、彼ら、彼女らの涙がまやかしだとか言っているのではない。むしろそうした涙を美しいとも思う。

卒業生は、いきものがかり「ありがとう」にのって体育館をあとにした。

おめでとう。