調査ひとくぎり

今日は全道的に学校の修了式・離任式だった。

それが終わった頃を見計らって,調査でご協力をいただいていた小学校へ。3年計画の最終年度が終わるので,これまでのお礼と今後のことを校長先生にお伝えする。調査については,とても好意的に受け止めていただいていて,過分なお言葉を頂戴し,かえって恐縮する。

個人的報告をすると,いたく喜んでいただいた。まったく身が引き締まる思い。

お世話になった先生の中には,この3月でよその学校に異動される方もいる。調査の初期から関わってくださったお二人の先生には丁重にお礼をお伝えした。

これで調査はひとくぎり。残ったデータの分析に取りかかるとともに,4月から今度は学校の研究にもう少し深くくいこんでいく。がんばろう。

卒園

週末は風邪を引いて伏せっておりました。

さてその直前,金曜日にアマネの卒園お祝い会があり,参加してきました。

2008年からお世話になっていたので,保育園には4年間通ったのですね。あっという間のような,長かったような。

ちょうど4年前,保育園に行く直前のアマネ(2歳)はまだおむつも取れていない文字通りのひよっこでした。

明日から保育園

それが,給食に出てきた食べ物もぱくぱくと食べられるようになり,いろいろな遊びも覚え,「年長らしい」ふるまいもだいぶできるように。お祝い会では,自分の得意な「技」を披露するパートがあったのですが,アマネは折り紙で三方を作って見せてくれました。

特に悩みを抱えることもなく,のんびりと過ごすことができたのも先生方のおかげ。特に,入園当初の面倒を見ていただいた先生には,年長組の担任にもなっていただくことができ,すっかりお世話になりました。

小学校は学区の違うところに行くので,年長組の友達とは別れてしまいますが,そこでものんびりやってくれるでしょう。

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なにはともあれ,卒園おめでとう。

発達心理学会@名古屋

先週末は名古屋で開催されていた発達心理学会に参加してきました。

出番は3つで,ポスター1件にラウンドテーブル(RT)での指定討論2件。お座敷研究者としては,お茶をひかないようにこのペースをなんとか持続したいものであります。

さてその指定討論ですが,1つ目は初日に開催された,神戸大の赤木和重先生主催による特別支援教育における授業作りに関するもの。授業を研究しているということで呼んでいただけました。

赤木先生が最近注目されている,京都の村上公也先生,古里章子先生の特別支援学級における授業を紹介する,というRT。村上先生の実践はDVDにもなっていて,それを事前に拝見していました。私は他の先生による特別支援学級の実践を見たことがありませんので,比較はできないのですが,素朴に面白い,というか,子どもとしてその場にいたいと思うような授業でした。

なにより,障害の特性に合わせた授業を目指すのではなく,授業の目標と子どもの特性(障害の,ではなく)に合わせて方法を練り上げていっているように見えました。これは当たり前のようでいて,特別支援教育の世界ではあまりそうでもないらしいということが今回のRTで分かりました。村上先生が目指す授業の目標も,レベルを下げているのではなく,むしろ数の世界の本質に触れることにあるように見えました。

私が拝見した映像の中で一番印象に残っているのは,とある女児の表情でした。自閉症と診断されているのだそうですが,自分の計算の遅さでチームが勝てないことにとまどい,悲しんでいる様子がありありと浮かんでいました。特性に合わせた授業では,むしろこうしたとまどいや悲しみを排除する方向にいくのかもしれません(よく知らないので推測です)。子どもが他の子どもといっしょに生活したり,成長して他の人とともに暮らすということは,こうした感情につきあっていくことでもあります。それにどう向き合うかを学ぶ場を補償しているのが,村上・古里両先生の実践だったと思います。

私は,教師にとっても,児童にとっても,理屈が通っていることが,「よい授業」の条件ではないかとコメントしました。

指定討論の2つ目は,二日目に開催された,富士常葉大の百合草禎二先生主催による,ヴィゴツキー研究に関するもの。メインゲストに大妻女子大の森岡修一先生を迎えて,言語教育にヴィゴツキー理論がどのように活かされるべきかという観点からお話をいただきました。

ヴィゴツキーを巡る状況は私ではフォローしきれないのですが,そこを森岡先生はきちんと整理されており,また,旧ソ連邦にあった中央アジアの諸共和国の現在の学校教育までご報告いただき,充実した講義を拝聴したような気分でした。

内容についてのコメントというよりは,ヴィゴツキー理論の大雑把なところと,日本における外国人児童への教育についての示唆を質問しました。まるでできの悪い学生のような質問だったのですが,それにきちんとお答えいただいて恐縮してしまいました。

二日目午前には自分のポスター発表があり,珍しくたくさんの方に足を運んでいただきました。

三日目はフリーなので気になる発表をふらふらと。言語発達に関する札幌学院大の鈴木健太郎先生や立教の石黒広昭先生たちの一連の発表はとても面白いです。最初の言語が生まれるまでの道筋を,複数のメカニズムの並走としてとらえること,そして,母子相互作用をそれが起こるトータルな場の変容として記述するという視点は参考になります。

振り返ってみると充実した三日間でしたね。

協働の場において何を作り出すか(2)

研究者は、新しい概念や説明体系を構築する上で、「たとえ」に強く依存しています。例を挙げましょう。私が片足をつっこんでいる研究領域に、「学習」があります。ある研究者は、それまで行われてきた学習についての研究の背後には大きく分けて2つの「たとえ」があったと指摘しています。1つが「学習とは何かを獲得することである」というたとえ、もう1つが「学習とは何者かとしてどこかに参加することである」というたとえです。

第一のたとえ。多くの人は、「学習とは何かを獲得することである」というのはたとえではなく、学習そのものではないかと反論するかもしれません。しかし考えてみてください。学習とは実に複雑な出来事で、そこには、脳神経学的な変化もあれば、身体運動的な変化もあり、かつ、そうした微細な変化を目に見えるようにするいろいろな装置(その代表がテストです)が絡み合って、私たちはそれらをひっくるめて学習と呼んでいるようです。この個人の身の上に起こる「変化」という現象を、この第一のたとえは、「獲得」という用語の体系で説明しようとします。たとえば、「知識を手に入れる」とか「頭に入りきらない」といったようにです。

第二のたとえは、それに対して、「頭がよくなる」とか「スポーツの選手になる」といった言葉の使い方を学習の見方の典型的なものとします。このたとえの背後にあるのは、身の上に起こる変化がある社会集団の中でどのように位置づけられていくのかという、社会的な立場とか役割の変化過程が学習なのだという考え方です。「頭がよくなる」というのは、実際に脳の性能が上がることではなく、「頭がよい」という部類に含まれる人間として評価される、という意味なのです。

ある社会集団の中で何者かになっていく過程が学習だ、とする考え方はなじみのないものかもしれません。それもそのはずで、この考え方をはっきりと示す理論が提案され、広まっていったのは1980年代の後半のことだからです。そうした理論を提唱した研究者に、エティエンヌ・ウェンガーという人がいます。ウェンガーが提唱した概念に「実践共同体」(communities of practice)というものがあります。これは、私たちの社会的な有り様を捉える概念で、ある実践的な課題によって結びついた社会的なネットワークが複数あって、私たちは同時に複数の社会的ネットワークに所属していることを説明するのに役立ちます。たとえば、保育園に通う子がいる親は、夕方近くなると、子どもを迎えに行くタイミングと仕事の切り上げ方を考えながら過ごすかもしれません。この親のありようは非常に社会的で、「家庭」という社会的ネットワークと、「職場」というネットワークに同時に所属していることに由来するのだ、と説明がなされます。

この実践共同体という概念を使うと、学習とは、その共同体により深く参加して、その共同体において中心的な人物となることと説明されます。ある職場で「仕事ができる」ようになっていく過程とは、単にその人の仕事にまつわる行動が変化することではなく、文字通り、ある仕事をまかせてもらえるかどうかという評価や立場、役割が変化する過程なのです。

このように、たとえが異なると、学習という現象の見方も大きく変わってくるわけで、どのようなたとえを採用するかということの重要性が明らかになったかと思います。ここで話を戻して、「新しいたとえを作ること」について考えてみましょう。その際に、ちょっと工夫をして、新しいたとえを作りながら、新しいたとえの持つ意味についてお話ししたいと思います。

先ほどのウェンガーの実践共同体に基づいて学習を説明すると、下の図1のようになります。楕円は実践共同体を、矢印はある人の社会的変化の軌跡を表します。周辺部から次第に中心部に移動していく様子が描かれています。ウェンガーの著書にも同じような図が描かれているのですが、私は、この図は多分に誤解を招くものであったと考えています。あまりにも平面的に過ぎるのです。

中心に近づく、それは実践共同体で展開されている仕事全体を見通せるような立場に身を置くことです。そのような立場に立ったとき、その人の視界には何が見えているのか、その見え方を想像してみてください。さきほど、ある人は同時に複数の実践共同体に所属していると言いました。実践共同体は複数あるのです。ということは、ある実践共同体の中心に近づくということは、その人の所属していない他の実践共同体からはどんどん離れてしまうことを意味するのです。つまり、ある人がある実践共同体の中心に近づくにつれ、他の実践共同体で何が行われているのか、どんどん見えなくなっているとイメージすることができます。ウェンガーは、このような事態に触れて、「何かが見えるようになることは、何かが見えなくなることだ」と述べています。

図1(省略)
 
しかし図1は平面的であるため、その図を見る読者の目にはすべて(円の中も円の外も)一望できます。これですと、中心に近い人からは円の外が見えないことがイメージしにくいのではないかでしょうか。

そこで、この円を、中心に近づくにつれて深くなっていくすり鉢状の穴として捉えてみましょう。アリジゴクの巣のようなものと思ってください。
 
図2(省略)

このアリジゴクを上から見ると、先ほどのウェンガーのオリジナルの図と同じになります。ただし、喚起されるイメージは異なります。矢印は中心にも近づくのですが、穴の底にも近づきます。すると、穴の外のことはよく分からないだろうということは読者にとって容易にイメージできるのではないでしょうか。ウェンガーの実践共同体に「アリジゴク」というたとえを挿入することによって、ウェンガーが当初想定していたであろうひとつのポイントがよりくっきりと見えるようになりました。

このように、新しいたとえを作ることによって、これまで見えていなかったものごとが誰にとっても見えるようになることがよくあるのです。

ところで、図2は世界を理解する上でのたとえの重要性を説明するためのものでしたが、これは、発達支援やソーシャルワークにとっても重要なたとえではないかと考えられます。たとえば、支援を受ける当事者の中には、当然支援を受けるに値する生活状況であるにもかかわらず、まったく支援を要請しないというケースがあります。それはなぜかというと、図2を用いて説明すると、その人はある実践共同体における実践にどっぷりはまっていて、底の方にすでに移動してしまっているわけです。そうすると、他の生活のありようが見えなくなります。外を歩けばいろいろな人がいていろいろな生活をしているのが見えるわけですから、見えていないはずはない。しかし、見えないのです。

こうした場合、ソーシャルワーカーは当事者の所属する共同体の周辺にあえて入り込み、その上で、他の共同体の存在そのものやそこからの情報や物資を伝えたりするという役割を帯びます。このような人のことを、ウェンガーは「ブローカー」と呼んでいるのですが、まさに支援者はブローカー的な立場にあるのです。

とりとめなくお話ししてきましたが、ここでまとめたいと思います。

支援者と研究者はそもそももっている概念や説明体系が異なるので、世界を異なった視点から見ています。そうした人々が協働する場合には、どちらかがどちらかを一方的に理解しようとするのではなく、異なっていることを認めた上での協働を模索する必要があるでしょう。その際に重要なことのひとつとして、新しい「たとえ」を考え出すという協働活動の目標を立てました。新しいたとえを協働で考え出すことによって、少なくともそれについては支援者と研究者の間で共通了解が取られているわけですから、それを手がかりとして協働活動を進めていけるのではないかと思います。
これはプラットフォームの1つの機能となると思いますが、その名称として、「たとえを作る場」、略して「たとえ場」というものを提案したいと思います。これはオリジナルだろうと思ってインターネットを検索したらけっこう出てきました。まねをしたわけではありませんが、少なくとも商標登録はできなさそうです。残念です。

ですが、機能ははっきりすると思います。プラットフォームにおいて創造された見事なたとえは、きっと、支援の場や研究の場においても有効に使われていくことでしょう。

協働の場において何を作り出すか(1)

これまでに参加させていただいたシンポジウムやワークショップを通して、発達支援という活動に、当事者・支援者・実践者のみなさまとともにどのように参加していけばよいのか、おぼろげながら見えてきたように思います。この場をお借りして、お知恵をお借りできましたことに感謝申し上げます。

私は研究者という立場からこのプラットフォームに参加するのですが、正直に言いまして、何をすればいいのかよく分かりませんでした。支援者の「困りごと」を話し合うワークショップが3回開かれ、3回とも出席しました。参加者のみなさまの口から困っていることがたくさん出てきて、なぜ困りごとが起こるのか、それを解消するにはどうしたらいいかといったアイディアもかなり話し合われたと思います。うかがっていて、私が今まで気づかなかった問題など発見も多々ありました。ですが、やはり研究者としてすべきことがまだぼんやりしています。

ひとつはっきりしているのは、このプラットフォームは支援者と研究者の協働の場となることを目指しているということです。これは、言うほどにはたやすくない道だろうと思います。

その大きな理由のひとつが、「見ているものの違い」です。注意したいのは「見てきたものの違い」ではなく、今現在見ているものの違いです。象牙の塔の中で本とにらめっこしてきた研究者と違い、支援者の方は現実と向かい合ってその矛盾を解決しようとしてきたと思うのですが、そういう意味では両者は「見てきたものが違う」わけです。しかし私がここで指摘したいのはそういうことではありません。

支援者と研究者という2つの職種の間で、そもそもものごとの見え方が異なると思うのです。と言って、何も、こちらの人にとっては赤いリンゴがあちらの人には黄色く見える、ということではありません。世界を理解する枠組みが異なるのです。

固い言葉を使うと、「概念」が異なるのです。ここで概念というのは、世界を分けるためのラベルとでも理解しておいていただければよいかと思います。たとえば「ほ乳類」という概念がありますが、これは、多様な生物を分類するためのラベルのひとつです。ほ乳類という概念を枠組みとして世界を理解する人もいれば、そうでない人もいます。そうでない人の代表は、子どもです。子どもは、日常生活で出会うさまざまな生物の間の類似点や相違点を独自に発見し、独自の分け方で生物界というものをとらえるわけです。それに対して、大人は、より体系化された分類の規則や生物多様性の生じるメカニズムなどを背景とした概念化を行っています。

ある動物をほ乳類と見ようがどうしようが、たいした問題ではないのかもしれません。確かに個々の概念のずれは小さなものでしょう。しかし、たくさんの概念を集め、それらの間の関係をひとまとまりの体系にしたとき、2人の間の世界の見方のずれは決定的になります。例えば、地面と天体を別のものと見るのか、それとも、地面も天体のひとつだと見るのかでは、概念も説明の体系もまったく異なるものとなり、かつ、異なる説明体系を持つ者同士の間では話が通じないことでしょう。言うまでもなく天動説と地動説の違いですが、こうした対立は過去のものではなく、現在でも、例えば進化論と創造説の対立がくすぶる国もあります。

さて、支援者と研究者は、同じように、異なる概念と説明体系のセットに基づいて世界を見ているのでしょうか。もしそうだとしたら、同じ対象、例えば支援を受ける当事者についてすら、見え方、理解の仕方が両者の間で異なるわけですし、そうした二者が同じ対象をめぐって協働することは難しいかもしれません。

両者の概念や説明体系が異なるという可能性は次の事実によって妥当なものになります。

支援者の経験や信念、ライフコースに関する研究は多くあります。こうしたことが研究の対象となるのは、そもそも、支援者の考えていることが研究者には分からないということ、それらは支援者に固有の何かであっていまだ言語化されていないということが前提されているからだと思います。
支援者の概念や説明体系を研究者が知ることは大切なことでしょう。ですが、そもそも、お互いについてよく理解することが大切なのでしょうか。よく理解した上で、概念のセットをどちらか一方のそれに統一することも可能かもしれません。しかし、それは難しいし、なにより、異職種協働ということの良さが失われてしまいます。ミイラ取りがミイラに、ではありませんが、1人の支援者が2人になったところで、困りごとが2倍になるだけです。これでは共倒れです。

大切なことは、協働のための、これまで両者のどちらも持ったことのない新しい概念と説明体系を構築し、両者がそれらを共有し、それを枠組みとして世界を共に見ることが必要だと思います。重要なことは、一方に合わせるのではなく、新しく作ること、そして、作っていく過程そのものが協働の場において行われる中心的な活動だということです。

ただ、概念を作ると一言で言っても難しい。そこで、ここでは「たとえを作ること」を提案したいと思います。 ((2)に続く)