家族で梅雨まっただなかの長崎空港に降り立ったのは夕刻6時過ぎ。ラゲージクレイムのガラス越しに義父を発見したアマネは
「じーじー!」と叫びながら自動ドアを駆け抜けていきました。
車で自動車道を通り長崎市内へ。空港から長崎に入るのは何年ぶりでしょう。やたらと九州大学で学会があった年があったのですが,
そのときは福岡から「かもめ」に乗って行ったのでした。
リンガーハットで夕食。アマネはここの餃子がお気に入りで,2皿くらいはぺろりと食べます。
夕食後,まっすぐ妻の実家に帰宅…とはいかず,私はここで家族ともお別れ。市内の浜屋というデパート前で車から降ろしてもらいます。
なぜか。
思案橋横丁を探索するためなのです。
かつての長崎といえば,三大遊郭のあったという地。その丸山に行くために渡ったという思案橋。彼の地へ「いこかもどろか」
と思いめぐらせたことからその名がついたといわれる,情緒ある町です。
その思案橋には飲み屋が建ち並んでいますが,その数軒をめぐってみようというのが,今回の私の長崎行きの1つの目的でした。
家族には無理を言ったと思っていますが,ほんとに楽しみだったのです。
浜屋前から路面電車の線路を渡り,すぐに折れると思案橋横丁と大書された看板のまぶしい小路が。さて,どうしましょうか。
てくてく歩くと縄のれんのかかったおでん屋さんがあります。「桃若」というんですが,横丁のなかでもとても古いお店,
太田和彦先生もご推奨の一軒です。やはり一番行ってみたかったここから始めるとしましょう。
引き戸を開けると「いらっしゃい」とおかみさんが声をかけてくれます。入り口の右手に小上がり,正面にL字型のカウンター,
その角におでんが温まっています。カウンターにはカップルが1組とおじいさんが1人。「荷物預かりましょう」
と背中の荷物を持ってくれました。
どこから来たんですか,おかみさんの言葉に「札幌から」と答えると,店のなかの雰囲気が一瞬変わりました。「ああそう,観光で?」
とはおでんを箸でつついていたご主人。「ええまあ」と生返事。
まずはビールをもらいましょう。キリン,アサヒ,サッポロから選べるようですが,ここはやはりサッポロで。「どうぞ」
とご主人についでいただきました。飛行機を千歳から羽田,羽田から長崎と乗り継いできたので疲れていたのか,おいしいですねえ。
「何にしましょう」とご主人。うーん,と悩んでいると,これとこれが沈んでいて,これがうちで手作りで,と教えてくれます。では,
その,それとそれといただきます(何を食べたのか正確には忘れてしまいました。確か,豆腐,ぎんなん,根昆布,大根,
すり身その他を食べた気が)。おでん屋に行くのはあまりないのですが,なかなかいいもんですね。梅雨の長崎,結構肌寒く,
温かいおでんがありがたい。
ご主人とおかみさん,それに奥から息子さんが出てきて,いろいろと話しかけてくれます。
カウンターに座っていた他のお客さんも親身に話しかけてくれて,とても居心地がいい。
「ここはどうしていらしたんですか」とご主人が尋ねるので,「その本で」と。ご主人の背にある棚に,太田先生の「居酒屋味酒覧」
のポスターが貼ってあったんですね。それを指さすと,おかみさんが「この本を読んで来られる方は,男性の1人客が多いですね」と。
「本当に有り難いことです」と嬉しそうでした。
いつのまにかカウンターの上に枇杷の箱が置いてあり,「今年のは甘いですかね」と,おかみさんが一つくれました。
小さいお銚子を2本空けて,他のお客さんがみな帰り,1人きりになった頃にお勘定をしていただきました。ごちそうさま,
噂にたがわぬ良いお店でした。では,次に行きましょう。
思案橋横丁からさらに路地に入ったところにひっそりとある「こいそ」。ここも件の本に載っていたお店です。
路地に面した生け簀から店のなかの様子をのぞきますが,カウンターにはすでに先客あり,なかなかにぎやかそうです。では,入ってみましょう。
引き戸を空けると,右手にカウンター,左手にテーブル席と,奥に小上がりがあります。カウンターには大皿が何種類も。
これは期待できそう。カウンター奥に陣取り,まずは生ビールをもらいます。
大皿のなかに目がいきますねえ。「これは何ですか」とカウンターのなかを忙しく立ち働いていた娘さんに尋ねると,
「キビナゴの炊いたんに,これはいろんな魚の骨を揚げたもの,出すときには二度揚げします」。「あ,じゃあそれとそれ」と即決。
キビナゴは甘辛く煮付けてあり,いい味。骨せんべいもいいですねえ。せっかくの九州,ここらで焼酎を飲みましょう。麦のお湯割りを。
ご主人に,お母さんでしょうか,カウンターに出てきていただいて,いつの間にか長崎水害の話に。
「この辺は150㎝くらいは水が来たんですよ」と,目の高さくらいのところをご主人が指さします。
さてそれではここらでしめにかかりましょう。しめですから,壁にかかっていた短冊で気になっていた〆鯖をいただきます。それと,
大皿のなかにあった,すじ肉のポン酢かけを小皿に盛ってもらいましょう。もう一杯お湯割りをいただいて,ごちそうさま。
さて,ここから妻の実家に帰らねばなりません。正気を保っているあいだに,路面電車に乗り込みます。どこまで行っても100円とは,
見上げた電車ですねえ。どっかの市電には見習っていただきたいもの。西洋館の前をすぎた頃から,電車の揺れに気持ちが悪くなってきました。
酔い覚ましに,ちょっと降りて歩いていくことに。長崎大の前で降り,終点の赤迫まで雨の中歩きます。最後は義父に迎えに来ていただきました。
長崎の夜はまだまだ奥が深そうですが,またの機会に。
なお,次の日二日酔いで半日寝ていたことは秘密であります。