発達心理学では,無力で無能な赤ちゃんという枠組みから,能動的で有能な赤ちゃんという枠組みへシフトして久しい。
そのような枠組みのシフトは,巧妙に工夫された数々の実験によってもたらされたものである。
ともすると私たちは,そうした実験の結果のみを知ろうとし,そこから考えを広げていってしまう。しかし著者は,結果とともに方法にも同じくらい重点を置いて読者の意識を向けようとする。本書はこの点でユニークである。赤ちゃんの認知能力を調べる実験方法はいろいろある。本書20ページには9つの手続きや指標が紹介されている。そこにも掲載されている選好注視法や馴化-脱馴化法は,先の枠組みシフトを牽引したいくつもの研究で用いられたものである。
結果を盲信するのではなく,それを疑うという態度は科学リテラシーの基礎にあるべきもので,その疑いを形にするためには方法が最も重要である。その意味で,赤ちゃん研究の方法について事細かに紹介し,同時にそれらの方法についても批判を加える本書は読者にとって大事な視点を提供してくれる。
著者は,これらの手続きで採用されるロジックの巧妙さを評価しつつ,同時に,その結果には実験者がどうしても解釈をしなければならない部分があることを指摘する。それをふまえ,脳活動のイメージングに活路の一つが見出される。要は,赤ちゃんのふるまいの源を脳に仮定し,それを直接的にのぞくという方法である。研究者の関心が,赤ちゃんの脳に向かう流れはもう止められないだろう。しかし,そうなるととたんに,実験の方法が一般的な読者の手には届かない場所へ行ってしまう。
このことは,不幸にも,研究結果の盲信につながってしまうのではないか。杞憂かもしれないが,一家に一台脳波計なんてことはありえない以上,普通の家庭では先行研究の追試などできないのだから,読者としては相矛盾する結果が出たときに「どっちを信じればいいの?」という水準で悩んでしまうかもしれない。
個人的には,選好注視法や馴化-脱馴化法などで用いられる行動指標で赤ちゃんの心理を調べる方向性をもう少し探っていった方がよいのではと思っている。この手続きの利点は,「誰でもできる」というところである。
開先生はいみじくも「日曜ピアジェ」というキャッチフレーズを提唱しておられる。ぼくはこのフレーズはとてもいいと思う。一週間のうち,せめて日曜くらい,ピアジェにでもなったように,赤ちゃんとじっくりと向き合う。眺めるだけでなくいろいろとはたらきかけ,赤ちゃんの中で起きていることを推測する。基本はここにあるのであって,まだまだ新しい発見も出て来るのではないか。ぼくはそう思っている。