ぼくの所属する大学が東京で説明会を開くのに参加するため、2日から3日にかけて出張してきました。本番は3日なのですが、さすがに日帰りは体がもたないので1泊2日の旅程。
さて、どこに泊まろうかと思案した末、もっとも落ち着く町、浅草に宿を取ることにしました。ときたらクローリングしない手はないですね。ネットで下調べをして、いざ出発です。
羽田空港から成田行きの京急に乗り、都営浅草線の浅草で下車。地上に出てすぐのホテルカワセに投宿。吾妻橋のたもと、神谷バーや松屋のある交差点にほど近く、よいロケーションです。さあ、荷物を置いて町に繰り出しましょう。
夜7時ともなれば仲見世はほとんどシャッターを閉め、昼間の人混みはどこへやら、のんびり歩くことができます。この時間帯に歩くのが好きなんですよねえ。
同じく人の絶えた伝法院通りから公会堂をちょっと過ぎると、WINSへ向かう横道の両側にずらりと飲み屋が並んでいます。どこも同じように、道にテーブルとイスを出し、赤提灯を掲げ、大鍋にぐつぐつと煮込んだ煮込みをウリにしています。そうした並びからちょっと離れて、ちょうどWINSの真裏に「正ちゃん」はあります。
識者によれば、ここの煮込みは別格なのだとか。確かめてみたくなり、1軒目はここにしましょう。「いいですか」と、店の外に置かれた煮込みの鍋と格闘するねじり鉢巻きのおやじさんに尋ねると、「いいよー」の返事。先客のうしろを失礼して、カウンターに座ります。生ビールと、煮込みをもらいます。
煮込みの中身は、牛すじ、こんにゃく、など(など、の中身が分からない)。よそと比べたわけではないのでよく分からないのですが、この甘辛さは確かにクセになります。カウンター正面になぎら健壱の写真と色紙が貼ってあるのも、いかにも。とりあえず次があるので、ここはこれにて。
六区からひさご通りをぬけると言問通りに出ます。道を渡って隅田川方面へ向かうと、道ばたに柳がゆれる柳通りを中心に、料亭や小料理屋が軒をつらねる一帯があります。このあたりも雰囲気があって好きなのですが、来るなら夜しかないですね。昼間来ても何もない。
界隈をぶらぶらと流していると、「さんぎょう会館」なる建物を発見しました。「産業」にあらず、「三業」です。このあたり、この町の奥深さを感じさせられます。隣には「見番」も。やっぱりあるところにはあるんだなあ。ここから芸妓さんが料亭へ派遣されてゆくのでしょうか。
さて目当ての一軒は浅草寺病院のちょうど道向かいの小路を入ったところにある「ぬる燗」。カウンター7席ほど、小上がりが3卓と小さい店で、寡黙なご主人と割烹着姿も艶やかな奥様が切り盛りされています。ご主人は理想の居酒屋を目指しているようで、料理はもちろん、お酒のそろえや酒器にもこだわっているのが見て取れます。
エビスの黒を小瓶で、それから炙り〆鯖、柿の黒和え(白和えに練り胡麻をあえたもの)、莫久来(ばくらい、ホヤとこのわたをあえたもの)をお願いします。お通しは蕪をコンソメスープで炊いたもの、寒い中を歩いてきたのでこれは嬉しい。そこに黒ビールを流し込むとちょうどよい。店の作りなど眺めていると〆鯖がきました。あぶらがのって美味しいですねえ。
これにはお酒をつけてもらいましょう。そろえが良すぎて迷うのですが、ここは天寶一を。ご主人のこだわりなのでしょうが、ずんぐりとしたとっくりを、お湯の沸いた燗つけ器に入れて温めてくれます。「はい、どうぞ」あくまで寡黙なご主人が差し出してくれたとっくりには木地の出たはかまがあてられ、そしてまた朝顔型の猪口がよいですね。これで飲むと、飲む姿が何倍も美しくなるのです。物が姿を制約することがあるんですよ。
腰を据えて飲みたい気持ちをおさえ、この辺にしておきましょう。値段もそんなに高くないので、1~2人で来るならおすすめのお店です。
言問通りを浅草寺の方に渡り、ひさご通り方面へ向かった途中に、スタンディングバーBooというお店がありました。今夜最後のお酒を洋酒でしめたかったので、中に入ります。カウンターの中には女性が。バックカウンターに立っていた瓶が目に入ったので、ジェムソンをロックでもらいましょう。お通しに白菜の漬け物が出てきたのは驚きましたが、ウィスキー飲むのに張っていた肩がこれでゆるみました。いいもんですねえ。
締めはラーメン(よく食うなあ)。千束通り商店街の入り口付近にある「菜苑」にて。ここは純レバ丼が有名なのですが、ご飯という気にはなれず、タンメンをもらいます。
ライトアップされた浅草寺の境内をぶらぶらと。会社帰りのみなさんやカップルが三々五々と提灯の明かりの中を彷徨うのを横目で眺めやりつつ、満ち足りた腹をさすりながら弁天山へ向かいます。
山門の横を馬車通りの方へ抜ける途中に弁天山はあるのですが、この石垣の上に添田唖蝉坊・添田さつき親子の筆塚があります。日中でも特に観光客が来るわけでもなく、向かいにはラブホテルが建つような、ひっそりとしたところなのですが、浅草に来るとぼくは必ずこの筆塚を見ていくことにしています。
ああ、明日仕事さえなければなあ。静かに更けていく浅草の夜を背中に、とぼとぼと宿に戻るのでした。