もって生まれたもの

石川晋先生より,ご著書『学び合うクラスをつくる!「教室読み聞かせ」読書活動アイデア38』をご恵送いただいた。ありがとうございます。

「読み聞かせについてだったらいくらでも話します」という石川先生の言葉尻をつかまえて,本当にゼミに来ていただいたのが数年前。今はもうないが,幼児園の子どもたちにも絵本を数冊読み聞かせしていただくことができた。ぜいたくな時間だった,と今にして思う。

そのときに石川先生から読み聞かせについての考え方をうかがっていてだいたいは理解できたと思っていたものの,やはりまとまった文章の形で書かれたものを読むとつかみそこねていたことが分かった。例えば,読み聞かせを核とした授業を,ぼくも実際に拝見したことがあるのだが,そのいちいちの根拠についてはこうして書かれてあるのを読むと実に分かりやすい。

ふとよぎったのは「もって生まれたもの」とどう向き合うか,である。

石川先生と読み聞かせの関係についてはこの本の中でご自身の生い立ちから丁寧にお話しされているので措くとして,読み聞かせをする際の最大の道具であるところの「声」も,もって生まれたものである。先生はご自身の声をどのように意識されておられるのだろうか。

この本を開く前に,ぜひ,石川先生の実際の声を聞いてもらうのがよいと思う。たとえば,DVD「明日の教室」シリーズの1本に石川先生が登場しておられるので存分に声を聞くことができる。紹介されている「第2・3部ダイジェスト版」の方には読み聞かせをされている姿も映っている。

ぼくは石川先生が読み聞かせをするときの,なんだか飄飄とした読み方が好きで,その読み方はやはりその声をもってしてのものだろうなと思う。おそらくはもって生まれた声をそのまま出しているのではなく,磨いた上で,授業で発しているのだろう。そのこと自体が,子どもたちには,もって生まれたものを磨くというメッセージとしてどこかで受け取られているのかもしれない。

北教大釧路校集中講義第3日目レジュメ

ヴィゴツキーの心理学理論に含まれる概念に基づいて,現在ではさまざまな実証的研究やそれに基づく新たな理論が生まれています。

そうした,ヴィゴツキー心理学理論を源流にもつ研究の流れは「社会文化的アプローチ」とか,「文化歴史的活動理論」(Cultural Historical Activity Theory; CHAT)などと呼ばれています。

これらの研究のうち,今日は2つを紹介することを通じて,ヴィゴツキーのアイディアが現在どのように継承されているのかを明らかにしたいと思います。

1. 対話論との接続

いきなりですがTEDのスピーチを見てください。これからお話しすることと深く関係している内容です。

カービー・ファーガソン リミックスを受け入れよう

いかがでしたでしょうか。リミックスということについてちょっと考え方が改まったのではないでしょうか。

いまから私が言いたいのは,リミックスにかんするこの考え方は,人間の心理についてもあてはまるのではないか,ということです。極端に言うと,私という存在そのものがリミックスなのです。

「私」とは何でしょうか。心理学では,自己selfと呼ばれる,自分自身についての意識はいつから存在するのでしょうか。もしもそれが発達の後の段階で生まれたとすれば,どのようにして生まれたのでしょうか。

心理学や哲学には対話的自己dialogic selfという考え方があります。これは,自己とは人が他者と社会的にやりとりをすることを通して意識のなかに作り上げられるものだ,という発想です。この発想からすると,自己とはそもそも純粋に自分自身だけのものではなく,さまざまな人の考え方が複合的に入り交じったものだと言えます。注意しておきたいのは,誰かの考え方に影響を受けたとか,誰かの考え方を知っているといったレベルの話ではなく,そもそも他者がいなければ自己は成り立ち得ないという発想をこの考え方はとるのです。

対話的自己という考え方のもとのひとつは,ミハイル・バフチンというソヴィエトの文学者・言語哲学者の考え方でした。バフチンのいう「対話」とは,人間という存在のありようについての考え方です。この考え方によれば,自己とは孤立した個人のなかで変化することなく純粋な形で存在するものとみなすことはできません。むしろ,相容れない異質なものが並び立つことを通して現れてくるものとして理解されます。

バフチンは『ドストエフスキーの詩学の諸問題』(1963)において「在るとは対話的に交通することを意味する。… 生き、存在していくには、最低限二つの声が欠かせない」と書いています。彼は言語哲学者なので言葉をモチーフにして語っていますが,ここに言われているように,対話という概念が強調するのは,複数の言葉が並置されている状態です。これを多声性(ポリフォニー)と呼び、誰にも向けられていないモノローグ的発話と対立させられます。

この対話的な自己がどのようにして生まれたのかを説明してくれるのが,ヴィゴツキーの発達理論なのです。先取りして言えば,ヴィゴツキーによれば自己とは他者から手に入れた媒介手段を通して自覚できるようになった意識のことです。このときにもっとも重要な媒介手段が言葉です。

ヴィゴツキーの発達論によれば,学童期から思春期にかけて子どもに起こる重要な変化は,筋道の通った思考ができるようになることです。たとえばピアジェは形式的操作期になると論理的な思考ができるようになると述べています。たとえば三段論法を使って,前提が満たされれば演繹的にある帰結が導かれることを考えることができます。ピアジェは形式的操作期までの発達的変化を,子ども自身による,課題のなかの論理性の発見という観点から記述しました。あくまでも,子どもが自分自身で発見しなければならないという点がミソです。

一方でヴィゴツキーの場合,筋道の通った思考とは言語と思考が結びついた思考のことです。言語的思考と呼びます。彼によれば,言語と思考は発達の初期においてはつながりをあまりもたずにそれぞれ機能していました。動物を見ればわかると思いますが,たとえばケーラーによるチンパンジーの実験ではかれらは言葉を話さなくても状況を全体的に捉えて問題解決に至る筋道を探して実際に解決しています。ここから,思考そのものは動物にも見られる心理機能だとヴィゴツキーは考えます。言語,つまり口から規則的に音声を発することも,動物に見られます。鳥やイルカの鳴き声は仲間同士のコミュニケーションのために使われていることは知られています。言語も動物に見られるわけです。

これら2つの心理機能が結びついて新しい機能を果たすようになったのが言語的思考だとヴィゴツキーは考えています。思考の特徴は同時に全体を把握することです。チンパンジーは課題解決状況を全体的に捉えます。一方,言語の特徴は単語と単語を順番に並べていって作られることです。音楽と同じように,時間とともに展開していくのが言語です。同時的・全体的なものと,時間的なものとが結びつくとどうなるでしょう。そう,思考のなかに「順番に考える」という機能が生まれるわけです。これをヴィゴツキーは言語的思考と呼びました。順番に考えることとは言い換えれば筋道立てて考えるということです。

ではこの言語的思考はどのようにして生まれるのでしょうか。ヴィゴツキーが述べた心理学的な概念のうち,外言(external speech)と内言(inner speech)は著名でしょう。ヴィゴツキーはこれらを,子どもの言語的思考の発達過程を述べる際に導入しています。ヴィゴツキーによる結論を先に言えば,外言から内言へという方向性で発達は起こるわけです。

ヴィゴツキーによれば,言葉はまず,幼児の生活のなかでは,他者とのコミュニケーションのための機能を果たすものとして発生します。これは他者とのコミュニケーションのための機能を果たすのですが,次第に,自分自身に向けても使われるようになります。いわゆる「独り言」private speechです。子どもの遊ぶ姿を見ていますと,独り言をぶつぶつつぶやいていることがよくあります。次の段階として,音声化されることのない,頭なのなかでだけで響く言葉が使われるようになります。これを「内言」と言うわけです。そして,後になると思考と内言とが結びつき言語的思考が可能となります。こうした過程をヴィゴツキーは,「精神間機能から精神内機能へ」というフレーズで表現しています。

実際のところ,思考はさまざまなものと結びつきます。たとえば計算をするとき,小さな子どもは指を折って数えますが,指を折ることと思考とが結びついているわけです。後になると,頭の中の数のイメージと計算とが結びつくようになりますが,この発達過程は,思考がどのような道具を使うのか,その使われる道具の変化過程として考えることができます。

ここまで聞けばわかるように,私たち人間の思考はさまざまな道具と結びついて力を発揮するわけです。この道具のことを社会文化的アプローチやCHATでは媒介とか媒介手段と呼びます。

媒介ははじめ人間の内側ではなく,人間の外側で使われていたものです。それは,発達する子どもが初めて発明したものではなく,ほかの誰かがすでに使っていたり,作り出したり,置いていったりしたものです。子どもは,それを借りて使うなかで他者とのコミュニケーションを図ります。そして,そうして他者から借りた媒介が,最終的には自分自身のことを反省的に振り返るための内的な媒介手段として用いられるようになります。

以上をまとめてみますと次のように言えます。まず,人間は対外的にはたらきかける際に他者から借りた媒介を用いること,そして,その媒介は自分のなかで機能するようになることです。自己を自分自身についての思考だとすると,そこにははじめから他者から借りた媒介が欠かすことができないといえます。

では,この私が他者の寄せ集めのようなものだからと悲観すべきなのでしょうか。最初のTEDスピーチを思い出してみてください。クリエイティブであることと,オリジナルであることは同じことではないのです。クリエイティビティは外側からやってくる,と言っていました。ヴィゴツキーの考え方によれば,私は他者から盗んださまざまな媒介を通して行為しています。私が私として何かを行うことには,他者に由来する媒介が不可欠なのです。

ここから話は急展開します。この媒介は無味無臭のものではありません。媒介は他者から借りたものだと言いましたが,媒介にも固有の歴史があります。つまり,その媒介が生まれた具体的な経緯があるのです。つまり,誰が,どのような目的で,その媒介を作り出したのかという具体的な理由があるわけです。言ってみれば,媒介には生み出した過去の人の怨念のようなものが宿っていると言ってもいいでしょう。後の世代の私たちが,すでにこの社会のなかにある媒介を使うということは,そうした怨念も引き受ける,ということになります。

たとえば,この社会には「使ってはいけない言葉」がいくつもあります。いわゆる卑俗な言葉とか,差別的な言葉です。そうした言葉は,人間をあるカテゴリーで分類し,正常と異常の枠のなかに囲い込むという文化社会的な実践において使われていたわけです。言葉に厳しい人というのは,何もルールとして使ってはいけないから使わないのではなく,ある言葉が生まれた経緯やその背景を批判するという意味でそこで用いられた言葉も使わないようにしている,ということなのだと思います。

そうしますと,媒介というのは自己を構成するわけですから,自己は媒介に潜在する固有の歴史を通してなんらかの社会的な実践や文化,歴史に位置づけられると言うこともできます。いわゆる思春期のアイデンティティ形成というのはまさにこの過程のひとつでしょう。自己を学生として認識すること,つまり「学生」という言葉を媒介として自己を構成することには,「学生」という言葉にひそむ他者の怨念が含まれます。たとえば「勉学にいそしむ」というイメージや「暇な時間がある」といったイメージがこの学生には含まれるわけです。しかしそうした媒介のイメージと自分自身の実際の行動が矛盾するときには,アイデンティティが揺らいでしまうこともあるでしょう。たとえば他者から「学生は時間があっていいよな」と言われても実際にはバイトで忙しいとか。そういうときには腹が立つわけです。あるいは学生なのにこんなことをしていいのだろうかと言って自分で勝手に悩んだりするわけです。

他者から借りた媒介が自己を形成することから,以上のような問題も同時に起きてくるのです。こうした悩みは人間が人間である限りなくなることはないでしょう。

★講義ではもう1つの話題を出しましたが,その内容はすでに以下に書きましたのでリンクのみ紹介します。

野火的研究会でホルツマンを読む(2)

野火的研究会でホルツマンを読む(3)

ホルツマンについてはこちらのサイトを参考にしてください。

北教大釧路校集中講義第1日目レジュメ

0. いま,なぜ,ヴィゴツキーを読むのか

教育になんらかの「問題」を見出す言説があります(言説とは,人が言ったり書いたりしたことのうち,多くの人が採用する定型的なもの)のことです。たとえば,学校でいじめが起こるのは道徳心や規範意識の低下があるからだ,というようなものです。

では,問題を解決するための最善の教育手法があるのでしょうか?たとえば道徳を教科化すれば解決するのでしょうか。ある程度の効果はあるのかもしれません。しかし,トップダウンによる改善策の提案とその実施によって,問題が一瞬にして解決するとは思えません。

教育とは,人々の毎日の暮らしのほんの些細なことの積み重ねです。いじめをさせないことといった具体的な課題もほんの些細なことの積み重ねでしか解決されないでしょう。

では学校の教師は毎日の授業のなかで何をしているのでしょうか。実は,何もしていないのかもしれない,と考えさせる言葉を読みました。それは,1970年の夏に,国語教育で著名な大村はま先生が富山県の小学校新規採用教員研修会で講演したことにあります(以下引用は,大村はま (1996). 新編教えるということ 筑摩書房 より)。

「私は今日,「教えるということ」を題にしました。なぜかと申しますと,「教える」ということをしない教師がたくさんいて,困るからです。それでは,「教えない」というのはどういうことなのでしょうか。」(p.37)

教師というのは世間一般では「教えること」を職業の内容とする人たちのことです。その人たちが教えないのだと大村はま先生は言っています。どういうことでしょうか。大村先生は中学校の国語の先生だったこともあり,国語を例にして述べている。

「…速く読む力は,文字が一度に意味になって,どんどん頭の中へはいっていくことをいうのです。一度音声化されたら,「音読」は絶対に「黙読」より遅いに決まっています。ところが,黙読できない子どもは,「黙って読みなさい」と注意されても音声化してしまっています。
こうした子どもは,小学校一年のうちに絶対に直さないと,時機おくれになります。それで,そういうことを発見したり,直したりするには,「家で読んでくる」のではだめです。ですから,「読んできたか」と聞く教師は,何も教えないで,いちばんたいせつなことを家でやらしてしまっていることになります。ただ検査官として,どの子が読めるようになったかを音声化させて聞いている。ペラペラと上手に暗唱するように読むと,「よく読めました」という。しかし,ほんとうに「よく読めた」のかどうか。それからその子が読んでいる時,他の子どもはどうしていたのか。「黙って読め」といわれても,声帯が動いてしまう子どもに,その時教師はどのように手当てをしたのでしょうか。このように,学校でやるべきことをしないのを,「教えない」と私はいうのです。」(pp.40-41)

少し長く引用しましたが,大村はま先生の言う「教えない」の意味は分かったでしょう。教師が学校を単に確認の場にしているのではないかと言っているわけです。

大村はま先生が1970年において苦言を呈したような教師が現在いるのかどうかは分かりません。しかし,もしもそういう教師ばかりだったとしたら,その帰結がどうなるかははっきりしていると思います。

大村先生の言う意味で,学校で教師が「教えない」としたら,その子どもの学業成績は何に依存するかというと,それは子どもの底力に依存します。もう少し正確に言うと,子どものもって生まれた素質のようなものです。これは筋肉の具合とか見た目といったものと同じ水準で個人差があるものです。勉強ができる子どもとは,そうした多様性を持つ子どもたちのうち,たまたま,ものを覚えたり考えたりするのに適した知的能力を持つ子どものことだと言えます。

さらに言うと,子どもの暮らす生活環境も「底力」を規定します。ある子どもが,どんな文化の,どんな社会の,どんな家庭で暮らすのか。のびのび健やかに育とうと思っても,さまざまな障壁があって,とにかく日々を生き延びるだけでせいいっぱいで,勉強をしようにも非常に難しいという子どもがいることも事実です。

教師が「教えない」のだとしたら,子どもはどこかで学んでこなければならないわけです。学校以外で教える人がいなくても,覚える素質があれば勝手に覚えていくでしょう。覚える素質がなくても,教える人がそばにいれば学ぶこともできるでしょう。しかしどちらも不十分な子は,どうでしょう。

かつて,1990年代から2000年代にかけて,子どもの学力低下論がさかんになされました。これも「言説」のひとつだったのですが,この問題について1989年に実施された学力テストと2001年に実施された学力テストを比較した研究では,その言説が具体的な数値で示されました。

当時東京大学にいた苅谷剛彦と清水宏吉らのグループは,1989年に大阪で実施された学力調査に目をつけ,それとほぼ同レベルの問題を,およそ10年後の2001年に同じ地域の小中学校の児童生徒に対して実施しました。

その結果わかったことがいくつかあるのですが,小中学校に共通することとしては大まかに言うと以下の3点です。
 ①国語と算数・数学のパフォーマンスは全体的に下がっている。
 ②得点上位の層が減少し,かわって得点下位の層が増加。中学校ではふたこぶ化がはっきりとしてきた。
 ③通塾している子としていない子の比較からすると児童生徒の家庭環境による差が拡大。

学校で「教えない」となると,こうした家庭環境の差がそのまま学校でのパフォーマンスの差となってしまうのです。公立小中学校の役割は,極端に言えば,できる層の「確認」ではなく,できない層の「底上げ」をきちんとすることだと,大村はま先生は言っていたのではないかと思います。

そこで,ヴィゴツキーの主張の今日的な重要性がうかびあがってきます。

ヴィゴツキーは,20世紀初頭のソヴィエトにおいて実施されていた教育を改革しようとしてさまざまな提言をしていました。そのひとつが「発達の最近接領域」にもとづいた教育の重要性の指摘です。

 

1. 「発達の最近接領域」とは何か

教育と発達の関係についてヴィゴツキーが述べたことの中で非常に重要な概念を紹介したいと思います。その前に正月に放映していたテレビ番組を見てみたいと思います。

みなさんは「ヨコミネ式」という教育法について聞いたことがありますか?横峯吉文さんという方が鹿児島県の保育園を舞台に長い間かけて作り出してきたという保育の考え方です。この横峯さんはプロゴルファーの横峯さくらさんの叔父さんにあたる方です。

ヨコミネ式の保育については様々なテレビ番組で紹介されてきました。それを見た方からは賛同を得ることもあれば,激しい反発を呼ぶこともあるようです。今回見る番組はその保育の仕方をだいぶ長く丁寧に追いかけたものですから,これを見ると判断の根拠が得られるかもしれません。なんにせよ,実態を見ないうちに賛成も批判もないです。

私自身は,判断保留です。また,ヨコミネ式を広めようという意図はありません。当然横峯さんからお金なんかもらっていません。この番組をお見せする理由は,ここに映っていることを元にして,ヴィゴツキーの発達論を説明するためです。

映像の中で,ピアニカを吹いている場面があったと思います。そこでのやりとりを思い出してみてください。この保育園の5歳の子どもたちにとって,「こいのぼり」という童謡を演奏することは2日でマスターしてしまうものでした。つまり,今の能力水準で容易に達成できてしまう課題だったと言えます。

保育者は,そこで「こいのぼり」を延々演奏させることはしませんでした。そうではなく,「あずさ2号」という懐メロを演奏させることをしました。これには理由があったようです。せっかく絶対音感をもっているのなら,たとえばリストの超絶技巧練習曲のように難しい曲もチャレンジしても良かったのではないでしょうか。それを子どもに弾かせなかったのはなぜでしょう。保育士の言葉によれば,「歌謡曲のメロディーは,5歳のこの子たちが弾くにはちょうどいい」のだそうです。このは非常に重要な点です。保育者は,この5歳の子どもたちがチャレンジしてちょうどいい課題曲として歌謡曲を選んだということができます。

この保育者の考えを整理しましょう。
A ある5歳の子どもにとって 「こいのぼり」(童謡)は2日でマスターしてしまう。これは現在の能力で1人でできる課題内容です。
B ある5歳の子どもにとって リストの超絶技巧練習曲はどう転んでも無理!これは,現在の能力でも,大人の手助けがあってもできない課題内容です。

このA,Bどちらの課題も,子どもにとってはおそらく興味が持続しない課題でしょう。大人や年長者が手助けをしながら,子どもが興味を持続させつつ取り組み続けられる課題内容の範囲というものがあるのです。映像に出ていた保育士は子どもたちに「あずさ2号」を弾かせることを思いついたのには,訳があると思います。訳がなければ,そもそも子どもに「あずさ2号」を,などという発想が出てくることは考えにくいでしょう。おそらくこの保育士は,子どもにちょうどいい課題曲は何かと探して探して見つけ出したのがこの曲だったのでは,と私は勝手に推測します。

保育ではなく,学校場面で考えてみましょう。教師が子どもに何かを教えるには,いま,たろうくんがひとりでできる課題(A)は何かを明らかにする必要があります。次に,たろうくんにはまったくできそうもない課題(B)を想定して,教師は,たろうくんに対してAよりも難易度が高く,Bよりは低い課題Cを与えます。課題Cにつまづきながら取り組む姿に基づいた手助けをしつつ,課題を乗り越えるのを支えてあげることが教師の役割だ,というのがヴィゴツキーの発想です。上記のAとBの間にあるCの領域がヴィゴツキーの言う「発達の最近接領域」です。

さて,現在の学校を考えてみましょう。もしかすると,Aに基づいた教育をしていないでしょうか?つまり,子どもにとってできることを確認することを「教育」と称していることはないでしょうか。たとえば,学校を単に宿題の確認をおこなう場にすること,すでに子どもが知っている知識をクラスメイトに教える場にすること,これは教師が教えることを放棄しているとして,大村はま先生が指摘したのはすでに見た通りです。

ですが,発達の最近接領域にはたらきかけるような教育を行うことは,現在の日本の一般的な学校では難しいのもまた事実だと思います。なぜなら、30人いたら30個の発達の最近接領域があり,それぞれに応じた手だてが必要だからです。これは想像するだけで大変な仕事だ,と思います。そういう意味では,少人数教育の実施や教師を増やすことは妥当な方針なのではないでしょうか。

フォルマリストのドミナント(3)

言語芸術・言語記号・言語の時間 〈新装版〉 (叢書・ウニベルシタス)

「可動性は必然的に体系の存在を前提としています」

これは,クリスチーナ・ポモルスカとの「言語と文学における時間について」と題された対談においてヤーコブソンが語ったことです。あるものが動き,変化するためには,そのものが内部的に関係的構造をもつことが必要だ,と彼は述べたのです。ちょっと考えると,なにものとも関係しておらず自由であった方が運動は起こりやすいのではないかと思いますが,逆に,結合がなければ変化が起こらないというのです。どういうことでしょう。

先述のように,ヤーコブソンは文学作品の内的ダイナミクス,あるいは文学ジャンルにおける価値の相対的配置の歴史的変化を検討する上でのドミナント概念の有効性を指摘しました。その際に,ソシュール派言語学で言うところの言語の共時態と通時態が,説明の方便として用いられました。

ここには注意が必要です。「言語と文学における時間について」でヤーコブソンが明言しているのですが,共時態と通時態とは切り離すことができません。構造主義言語学は静的な体系としての言語を仮定し,そのダイナミクスを捨象したと批判されましたが,ヤーコブソンはそもそも変化のしくみを説明するものとして,体系,すなわち共時態という概念を採用したのです。

ヤーコブソンの言語機能論をもう一度想起しましょう。言語メッセージを構成する6つの要素は同時に存在しますし,それぞれに対応した言語機能も同時に生起します。ただ,ドミナントとなる要素に応じてある言語メッセージが強く関説的機能を果たすようにも,強く詩的機能を果たすようにもなるのです。

ここで,関説的機能を果たしていた言語メッセージが,いつのまにか詩的機能を果たすメッセージへと変化するという事態を考えてみましょう。さほど難しくないと思います。この変化はドミナントの交代として記述できます。すなわち,潜在的にはすでに存在していた詩的機能が前面にあらわれ,代わりにかつてドミナントであった関説的機能が副次的位置に後退するという変化です。同じことが文学ジャンルにおける価値の変化にも言えます。グレチュコ(2012)にしたがえば,これは単なる変化ではなく歴史的な発展です。「こうして文学はその構造的な予備資源,つまり文学システム内には潜在的には存在するが,ある時期まで積極的な役割を演じない諸要素によって発展することになる」(pp.103-104)。

時間的な変化という問題についてヤーコブソンの考えていたことが明らかになってきたのではないでしょうか。彼はこのようにも述べています。「詩的形式の進展という点から見れば,進化はある要素が消滅し他の要素が出現するという問題ではなく,むしろ,組織を構成する多種多様な要素の相互関係に位置の変化が生ずることを意味する」(ヤーコブソン,1988,pp.224-5)。ここで重要なのは,変化するものはいったい何なのか,という点です。共時的な構造を構成する諸要素そのものが形を変えるのではありません。ヤーコブソンによれば,変化とは,諸要素間の配置の相対的な交代として記述されるのです。

ヤーコブソンのこのような考えに接していくつかの疑問もわきます。今指摘しておきたいのは,ドミナント概念の適用範囲となる対象についてです。彼は,作品の中のドミナント,文学領域の中のドミナントといったように,ドミナント概念をいくつかの言語領域に広げることをしています。こうしたことが可能なのは,言語が必然的に時間の2つの相,すなわち同時性(=共時態)と継起性(=通時態)をもつからだということはすでに述べたとおりです。では,そのような時間的二重性のもとで理解するのが適切な現象であれば何にでも適用可能なのでしょうか。

文献

ヴァレリー・グレチュコ (2012). 回帰する周縁:ロシア・フォルマリズムと「ドミナント」の変容 貝澤哉・野中進・中村唯史(編著) 再考ロシア・フォルマリズム:言語・メディア・知覚 せりか書房 pp.97-109.

ロマン・ヤコブソン 浅川順子(訳) (1995/2012). 言語芸術・言語記号・言語の時間 法政大学出版局

ロマン・ヤーコブソン 岡田俊恵(訳) (1988). ドミナント 桑野隆・大石雅彦(編)  ロシア・アヴァンギャルド6 フォルマリズム:詩的言語論 国書刊行会 pp.222-227.

フォルマリストのドミナント(2)

再考 ロシア・フォルマリズム―言語・メディア・知覚

言語機能にかんするヤーコブソンの枠組みをさらに形式化してみましょう。「複数の部分から成る運動する構造体があったとき,それを構成する諸部分のうち主導的な役割を果たすものがその特性を決定する」。このように記述できます。

ヤーコブソンのこうした考え方は,彼の完全なオリジナルというわけではありませんでした。ある構造体の特性を方向付ける要素が構造体に内在するというアイディアは,彼を含むフォルマリストに共有されたものだったようです。構造体の特性を方向付ける要素のことをフォルマリストは「ドミナント」と呼びました。

フォルマリストたちは,ドミナントという概念を新カント派に属するドイツの哲学者ブローダー・クリスチアンセンから学びました(グレチュコ,2012)。クリスチアンセンはその著書『芸術の哲学』で,「美的客体の『前面に出て,主導的な役割を演じはじめる』一つの(あるいはいくつかの)要素」(グレチュコ,2012,p.98)のことをドミナントと呼びました。主導的な役割を演じるものがあれば,当然,背後で従属的な役割を果たす要素もあります。それらの諸要素をまとめあげるのが「ドミナント」という要素なのです。したがって,クリスチアンセンにとってドミナントとは「一つの芸術作品を『不可分な一体』と知覚することを可能にする統一的モメント」(グレチュコ,2012,p.102)のことでした。

例えばクリスチアンセンは肖像画の鑑賞について理論化しているようです(ヴィゴツキー,2006)。特定の人の姿を模した絵には「ある人らしさ」が見出されるようなんらかの特徴的な部分があるはずです。それがなければ,「その人」としてその肖像画が認識されないでしょう。このとき,肖像画を「ある人」として知覚させる「統一的モメント」がドミナントであったと思われます(思われます,と回りくどく書いているのは,筆者自身クリスチアンセンの著書を読んでいないからです)。このとき,ある人らしさの演出に貢献しない絵の諸要素は従属的要素となるわけです。

フォルマリストたちが論文中にこの概念を取り入れ始めたのは1921年以降のことでしたが,かれらはクリスチアンセンがおそらく思い描いていたであろうドミナントのニュアンスとは異なった意味合いをそこに見出していきました(グレチュコ,2012)。クリスチアンセンの言うドミナントとフォルマリストの用いたその概念の違いは少なくとも2つあるように思われます。1つはドミナントと他の要素の相対的な役割です。2つ目は作品におけるドミナントと他の要素の関係性の変化についてです。

まず第一の点について。グレチュコ(2012)によりますと,クリスチアンセンはドミナントと従属的要素が「調和して」機能することを念頭に置いていました。しかし,たとえばフォルマリストであるエイヘンバウムは,ドミナントが従属要素を「支配する」ととらえていたようです。イメージとしては,ドミナントが従属要素の上位にあって,従属要素のはたらき自体を左右する,と言えるでしょう。ドミナントについてはヤーコブソン(1988)でも取り上げられています。それによればドミナントとは「芸術作品の中核をなす構成要素」であり「作品の性格を決定する」ものです(ヤーコブソン,1988, p.222)。このように,フォルマリストらによってドミナント概念には作品固有の意味を左右するより強い役割が与えられることになりました。

さらにヤーコブソンはドミナント概念から第二の点を引き出しています。彼によればドミナントとは,「芸術作品の内的ダイナミズムの主導的要素であり,他の諸要素と相互作用をし,『それらに直接的影響を与え』,芸術的作用を及ぼす」もの(グレチュコ,2012,pp.102-103)です。作品に内的なダイナミズムを見出している点に注目しましょう。作品の内部の諸要素のうち何かがドミナントとして機能することでそれらの間の相対的な配置がダイナミックに形成されていく,というイメージだと思われます。ここには,作品を静的な構造体としてではなく,運動するものとしてとらえる視点が見て取れます。クリスチアンセンが絵画について議論したことを思い出しましょう。絵画はキャンバスに固定された諸要素から成り,鑑賞時にはそれらの関係性は変化しない,つまり静的な構造をもっています。それに対して文学作品は音楽と同様,語同士の連鎖という時間構造を前提としており,そこから変化の余地が生まれると考えられます。

言語機能についてのヤーコブソンのアイディアの背景に,言語的な構造体は時間とともに変化するというものがあったことを想起しましょう。彼はこの点を歴史的,あるいはソシュールにならって通時的側面と指摘しています(トゥイニャーノフ・ヤコブソン,1982)。ソシュールにしたがうなら,当然,ある時点での言語構造,すなわち共時的側面についてもヤーコブソンの念頭にありました。さきほどの作品の内的ダイナミクスとは,共時的には諸要素間の相対的配置に注目し,通時的にはその配置の変動するさまに注目する2つの視点を含むものだと言えます。

ヤーコブソンは,ドミナント概念が1個の作品や作品同士の関係だけでなく,芸術のジャンルの構造自体の変化にも適用しています(ヤーコブソン,1988)。例えばチェコにおける詩の変遷をたどりつつヤーコブソンが述べるのは,どの時代にも詩には韻律や音節構成,抑揚の統一性といった諸要素がありながらも,どの要素が「詩らしさ」の相対的な価値をもたらすのかは時代に応じて変化することを指摘しています。他にも,ルネッサンス期には絵画や彫刻など視覚的芸術がドミナントとなり,他の芸術ジャンルはそれとの関係によって価値の相対的配置が定められていたことも指摘されます。以上,クリスチアンセンとフォルマリスト,特にヤーコブソンによる,それぞれのドミナント概念の用い方の違いについて確認しておきました。

ヤーコブソンのドミナントについての議論は,すでに述べました,言語機能論の下敷きになるような議論だったと思われます(グレチュコ,2012)。ヤーコブソン(1988)はこう述べています。「詩的作品は,美的機能をドミナントとする言語伝達として定義されるのである」(p.224),さらに,「美的機能を詩的作品のドミナントであると定義すれば,詩的作品の中に存在するさまざまな言語機能の階層構造を決定することが可能になる」(p.224)。講演録「言語学と詩学」で提案されていることがすでに述べられていたことが分かります(ヤーコブソン(1988)は1935年の講義録,ヤーコブソン(1973)は1960年のSebeokの本に収録された講演録)。言語メッセージにおいて,前面に強く出てそのメッセージのはたらきを左右する機能は,ドミナントとして理解できるでしょう。

文献

ヴァレリー・グレチュコ (2012). 回帰する周縁:ロシア・フォルマリズムと「ドミナント」の変容 貝澤哉・野中進・中村唯史(編著)  再考ロシア・フォルマリズム:言語・メディア・知覚 せりか書房 pp.97-109.

ロマン・ヤーコブソン 岡田俊恵(訳) (1988). ドミナント 桑野隆・大石雅彦(編) ロシア・アヴァンギャルド6 フォルマリズム:詩的言語論 国書刊行会 pp.222-227.

ユーリー・トゥイニャーノフ ロマン・ヤコブソン 北岡誠司(訳) (1982). 文学研究・言語研究の諸問題(テー・ヤー・テーゼ) 水野忠夫(編) ロシア・フォルマリズム文学論集2 せりか書房 pp.343-347.

レフ・ヴィゴツキー 柴田義松(訳) (2006). 新訳版 芸術心理学 学文社

フォルマリストのドミナント(1)

一般言語学

フォルマリズムという芸術理論がありました。20世紀初頭,ロシアでのことでした。

この芸術理論は,はじめは主に文芸の分野を対象として出発しました。フォルマリズムを主張した人々はフォルマリストと呼ばれたりしましたが,かれらの始発の問いは,「文学作品を,日常的な言葉の使用から区別して,芸術たらしめるものはいったい何だろう」というものでした。

最初に現れたフォルマリストは作品を構成する言葉それ自体の内に,芸術に固有な「なにか」があるのだろうと考えました。かれらは,聞いたこともないような言葉を使ったり,言葉を独特なやり方で組み合わせたり並べたりすることが,芸術的な文学作品と日常的な言葉との違いだと主張したのです。

初期のフォルマリストの悪いところは,文学作品と日常的な言葉をいったん「別物」とした上で対照的にとらえていたことでした。これですと,日常的な言葉の内にも詩的(=芸術的)な響きがふとした瞬間に現れることを説明できません。

これに対して,フォルマリストのひとりであったローマン・ヤーコブソンは,「言語学と詩学」と題された講演録において,文学作品と日常的な言葉を区別せずに,「言語メッセージを芸術作品たらしめるもの」を説明しています。それによれば,芸術作品とは言語が果たす機能のうち「詩的機能」が前面に出た言語メッセージのことを指すのです。

彼によれば,言語とは時間とともに展開するダイナミックな構造体です。言語は自身のダイナミックな運動を通してさまざまなはたらき(=機能)を示します。ヤーコブソンにしたがえば,芸術作品はいくつもの機能のひとつ,詩的機能が強くはたらく言語的構造体のこととなります。

言語のダイナミックな運動を通して,その前面に出る機能は入れ替わります。例えば詩的機能がはたらいている瞬間から,別の機能が強くはたらく瞬間へと,連続的に変化します。ここで,「強くはたらく」という言い方は重要です。なぜなら,前面に出る機能の他にもたくさんの機能が背後にあって,諸機能は同時にはたらいているのです。すると,詩的言語と日常的な言葉とが連続していて,はっきりとした境界線が引けるわけではありません。ヤーコブソンのこうした考え方とそれまでのフォルマリストの考え方にはこうした違いがありました。

ちなみに,詩的機能以外の機能は5つあります。何かを指し示すための「関説的機能(referential function)」,話し手の言語に込めたニュアンスをあらわす「心情的機能(emotive function)」,命令文など聞き手にはたらきかける「動能的機能(conative function)」,メッセージの伝達と継続をするようはたらきかける「交話的機能(phatic function)」,そして言語の読み取り方自体に焦点を当てるための「メタ言語的機能(metalinguistic function)」です。これに詩的機能を含めた6つの機能をヤーコブソンは「言語学と詩学」で提案しました。

ちなみに,これらの6機能はやみくもに提案されたわけではありません。ヤーコブソンによれば,言語メッセージが発せられ,読み取られるという出来事は6つの構成要素で構成されていますが,上記6機能はその6つの構成要素をそれぞれ指向するはたらきだととらえられています。

言語メッセージが成立するには,まずは「発信者(addresser)」と「受信者(addressee)」がいて,なんらかのかたちで「接触(contact)」していなければなりません。二者の接触において発せられたなんらかの言語的あるいは非言語的な身振りは,その意味を限定する「コンテクスト(context)」と解読のための「コード(code)」を手がかりに「メッセージ(message)」として読み取られます。これらが6つの構成要素です。これらの要素は言語メッセージが成立するならばそこに同時に含まれています。

機能と構成要素の対応関係をヤーコブソンにならって整理すると以下のようになります。(私自身が英語の方が分かりやすいので英語で表記します)

context: referential function
addresser: emotive function
addressee: conative function
contact: phatic function
code: metalinguistic function
message: poetic function

詩的機能とは,メッセージそのものに指向する言語の機能ということになります。メッセージそのものに指向するとは,記号そのものの「触知性」を高めることだとヤーコブソンは述べます。

例えば,身近な例として「しゃれ」を思い出しましょう。ヤーコブソンによれば,しゃれは詩的機能が強く出ている言語メッセージの例です。われわれは文「ネコが寝ころんだ」を作るときに,まず等しい意味の単語のリストから語を選択します。「寝ころんだ」のこの文意においての同意語には「寝た」「横になった」「動かなくなった」などがあるでしょう。発信者がコンテクストに指向し関説的機能を強く出そうとすれば,同意語から目の前のネコのようすを最も適切に示す語を選べばよいはずです。一般的には,意味の「等しい」単語リストの中から相応しい語を文中のスロットにはめていくという作業を行いながら私たちは文を構成していきます。

他方,詩的機能は文を構成するメッセージの形そのものにてらして「等しい」単語を並べるよう要求します。上のしゃれの場合は直前に「ネコ」があり,それと音が「等しい」ので「寝ころんだ」が結合されるのです。ヤーコブソンは「詩的機能は等価の原理を選択の軸から結合の軸へ投影する」(p.194)と述べています。

「ネコが寝ころんだ」が聞き手になんらかのおもしろみを起こす(=詩的機能を果たす)としたら,やはり関説的機能などの他の機能も同時にはたらいていると考えるべきでしょう。目の前のコンテクストを記述する(=関説的機能)ように見えつつ,同時に,等しい音を持つ単語が連鎖する点に,われわれは言語的な非日常性を感じ取っているものと思われます。

ここで概説したヤーコブソンの言語論の重要な点をまとめますと,以下のようになります。
(1)言語は時間とともにダイナミックに展開する構造体である。
(2)言語の果たす機能には少なくとも6つあり,それらは言語メッセージの6つの構成要素と対応する。
(3)6つの機能と構成要素は,言語メッセージが成立する瞬間において,すべて同時に成立している。
(4)言語の時間的な展開を通して,前面に強く出る機能は交代しうる。

文献

ローマン・ヤーコブソン 川本茂雄(監修)・田村すゞ子ら(訳) (1973). 一般言語学 みすず書房

ふたりめ

1月20日,二人目の子どもができました。

女の子,3682g。でかいです。

2013年度一発目のブログ記事は娘誕生の話にしようと思ってずっと待っていましたが,なかなか出てこず,予定日になっても生まれず。

しばらく過ぎてようやっと顔を見せてくれました。まあなんというか,二人目は親の方も一人目と違って落ち着いていて動じないと言いますが,孫を見るような目で見られますね。本当にかわいい。これから健やかに育って欲しいなあと素朴に思うのであります。

twitter,facebookでご報告したところ,多くの方からお祝いのお言葉をたまわりました。感謝申し上げます。

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↑きょうだい初のご対面の図

たくあん(3)

研究室に置いておいたたくあんであるが,3週間ほど放っておいた。

気がつくと妙な香りが研究室を漂うようになってきた。そういえば,と,漬け容器を棚から取り出してみると,ぬかの上に浮いてきた水にカビが生えていたではないか。

中のたくあんは無事だろうか。たくあんを救い出そうにも,部屋の中で開けたらにおいが充満するだろう。ここは仕方なく,研究室の入っている建物の外に出て開けてみることに。

とはいえ,12月の札幌の屋外は雪景色である。雪の中で漬け容器を開け,ビニール袋を手袋代わりにしてぬかをかき分け,その中から大根を取り出した。さすがにぬかには塩もとうがらしも混ぜてあったので大根それ自体が腐っていたとかカビだらけだったとかいったことはなかった。安心。

ビニール袋に取り出した大根を入れ,きつく封をして自宅に持ち帰る。

あらためてぬかをきれいに洗い流し,薄く切って食す。…塩辛い。

どうしたものかと悩んだが,とりあえず全部半月切りにして,それをお湯につけてみた。塩が抜けるかと思ったのである。

一晩おいてからまたかじってみると,おお,ちょうどいい塩加減。

そういうわけで,苦節2ヶ月,ようやく自家製のたくあんを食べることができた。息子には好評で,毎食パリパリと食べている。

「来年は12本漬ける!」と息巻いているが,すべての面倒を見るのは誰だと思っておるのだ。

たくあん(2)

ほどよく干さった大根をいよいよ漬け込む。ちなみに「干さる」は北海道弁である。「なんらかの状態に自ら変化する」といったニュアンスだ。

でも,たくあんって何に漬けるんだろうか。ぬか漬けはぬかに漬ける。梅酢漬けは梅酢に漬ける。たくあんは?

調べたら,ぬかに漬けるらしい。ぬかに,なんやかや入れたものの中に大根を入れると。

「なんやかや」を揃える手間を省くために,その「なんやかや」がはじめから混ぜてある市販品のぬかを買ってくる。大きな漬け樽を買っても置いておく場所がないので,ホームセンターで浅漬け用の容器も買ってくる。なにしろ初めて作るので買ってくるものが多い。たくあんを買ってきた方が早いではないかと何度も思うが,ぐっとこらえる。

容器に大根を入れる。本当はまるまる一本切らずに入れていくそうだが,小さめの容器を買ってきたので曲げても入らず。しかたなく半分に切って重ねて入れていく。隙間にぬかをがばがば入れる。全部入れ終えて上から押さえ板でおさえつける。以上。

さて,どこに置いておくか。この段階で,容器からぬかのにおいがけっこう漂ってくるのである。部屋の中に置いておけばそこはぬかくさくなる。ベランダに置いてもいいが,札幌の冬の屋外は氷点下になるのでうまく漬からないかもしれない。

たらい回しにされた末,大学の研究室内に置いておくこととなった。研究室でたくあんを漬ける大学教員は,小泉武夫先生以外では初めてではないか。

大根を買ってきてから1ヶ月近くなるが,まだ食べられない。

たくあん(1)

今年の冬はたくあんを漬けた。息子が「たくあん作りたい」と言い出したのである。

ぬか漬けはぬか床を作ってそこに漬けておけばすぐに食べられる簡単なものだ。うちのじいさんもよく作っていて,浅いのもよく漬かったのも小さい頃から食べ慣れている。たくあんもそういうものかと思っていろいろと調べてみると,どうもいろいろ面倒なようだ。

それでも,「ぜひ作りたい」と言うので,ものは試しと,重い腰を上げてやってみることにした。

札幌では秋になるとスーパーの店頭で漬物用の大根や白菜の束が大量に積まれている。ホームセンターではプラスチックの大きな漬け樽や漬け物石も並んでいる。冬になると野菜が手に入りにくい北国にあっては,漬け物が重要なものなのだな,と改めて思う。とはいえこちらは狭い家なので漬け樽を置く場所もない。まずは試しと言うことで大根を4本買ってきた。

たくあんを作る手順として,第一にこれを干すそうだ。確かに街を歩いているとひもに結わえられて軒下からぶら下がっている大根をよく見かける。軒下がないのでベランダの物干しにひっかけておくことにした。

大根の頭の葉っぱを落とし(実は漬けるときにこの葉っぱが必要なのだ,ということを後から知ることとなる),よく洗ってヒモに結わえて干す。ところが結わえる作業がなかなかうまくいかない。結わえ方を解説したサイトを参考に,ビニールの荷ヒモをひっかけようとしたのだがなんだかずりおちそうだ。仕方なく,物干しの棒の上に渡して「置く」ことにした。

ちなみに,近所の仲卸市場では,すでにヒモに結わえられた大根の束が10本2000円程度で売られていた。来年はおとなしくこれを買うことにする。

この後の作業は,ひたすら干し上がるのを待つだけ。雨の日も,風の日も,ひたすら外に出し続けた。

3週間くらい放っておくと,ちょうどいい感じに干からびてきた。札幌ではそろそろ雪も降ろうかという時期だ。いよいよ漬けてみる。(以下次号)