共感覚と記憶

 テレビ東京系『奇跡の脳ミステリー』を見た。お目当ては、ルリヤが『偉大な記憶力の物語』で発表したことで有名になった記憶術者ソロモン・シェレシェフスキーの話。

 ルリヤについて日本のテレビで紹介されるのはほとんどないだけに、どのように取り上げられるのだろうと興味を持って見た。当時のルリヤがシェレシェフスキーについて取り上げた講義をふりかえって語るのはジンチェンコ、ってあのジンチェンコ先生だろうか?

 シェレシェフスキーの再生能力の高さについて,番組では彼が共感覚者であったことを指摘していた。

 共感覚者が非常に高い再生能力をもっていることはよく知られている。たとえば『ぼくには数字が風景に見える』を書いたダニエル・タメットは,数字や言語に視覚的イメージが付随する共感覚者であるが,彼は円周率を風景のようにして暗記して2万桁の再生に成功した。

 共感覚者であるからといって,かれらがみな高い再生能力をもっているかどうかは分からない。記憶「術」とまでは言わないまでも,自覚的なコントロールによるテクニックが介在している場合もあるようにも思われる。そのテクニックに気付かなければ,再生という文脈にはうまくのれないのではないだろうか。

 と思うのだけど,やはり本当のところはどうなのか分からない。どうなんだろう。

繁華街から徒歩40分

 札幌もだいぶ日が温んできて、駐車場の氷もすべて溶け、路肩にうずたかく積まれた雪だまりも徐々に縮んできている。
跳ね上げられた泥水ですっかり黒くなった車を洗いに行った。さっぱりとした姿になった。タイヤの履き替えはもう少し様子を見なければ。
油断していると4月でも降るのが札幌である。

 温かくなり、夜歩いていても凍死する心配がなくなったというのは有り難い。冗談のような話だが、
日中でも吹雪けば遭難するとまことしやかに言われる札幌ではありえることだ。

 ゆうべは仕事でこの3ヶ月間お世話になったIさんを誘い、慰労のための飲み会をすすきので挙行。

 地下鉄南北線すすきの駅改札出てすぐの地下街入り口付近(ロビンソンという百貨店の地下入り口に面しているので、通称「ロビ地下」
と呼ばれる)にて待ち合わせ。ここは待ち合わせ場所として有名なのだが、昨日はものすごい人混みであった。卒業式、送別会、修了式などなど、
シーズンのさなかの土曜であるからおかしくはない話だ。

 件のIさんを見つけられるかと危ぶんだが、あっさりと発見。地上に出て、「金富士」に入った。

 生ビールで乾杯し、「これとこれとこれ」と注文しまくる。今夜はどうも大混雑のようで、われわれが座っていたテーブル席は相席。
それでもいっぱいとなり、数組の客が引き戸を開けて中をのぞき込んだ後無言で去っていった。腹一杯になるまで飲み食いし、二人で4780円。

「洋酒が飲みたいですねえ」というIさんのご要望にお応えし、バー「夜光虫」へ。ここは友人のMさん夫妻御用達のお店であり、
教えてもらってから何かあると通わせてもらっている。先日Mさんが札幌にいらした際にも訪ねていた。

 カウンターの端に並んで座り、ゆっくりと飲む。Iさんとは人生について話し合った。

 結婚云々という話を聞くととたんに嬉しくなって、「なんだ、そうなのかおまえ」「まあ飲め飲め」「で、どうなんだ」と、
「親戚の叔父さんモード」になる。こういう話は好きなのである。

 腹もいっぱいになり、足がふらつく一歩手前でお開き。地下鉄の入り口に消えていくIさんを送り、
酔い覚ましにてくてくと家の方へ歩き始めた。

 夜風がさほど身に刺さらなくなった。ふと立ち止まり、豊平川にかかる二条橋からネオンを振り返る。
橋の下を流れる黒い水のさざめきをのぞき込めば、すいこまれそうである。

 車なら10分もあれば着いてしまうところ、のんびりと歩き、40分ほどかけて到着。

学生演劇

 車で新千歳空港へ。妻子が長崎の実家へ行くためである。私は札幌でお留守番。

 アマネは案外さっぱりしたもので、検査場で「バイバイ」と手を振って意気軒昂と去っていった。今日までの1週間ほど、
「じいじとばあばに会いに行くの、いいねえ」「あったかいところでおいしいもの食べてねえ」と吹き込んでおいたからか、
どうも楽しみにしていたようだった。

 1人で帰宅してからまたお出かけ。学部ゼミの学生さんが参加する学生劇団の公演を観に行く。観劇はひさびさ。

 高校時代になりゆきで演劇部に入っていたこともあるし、一度舞台に立ったこともあるし、劇についての知識はあるが、
これまでのところ動機がなかった。ではなぜ観に行ったのかというと、しばらく前の飲み会で、前売り券をもらっていたのである。
もらったからには行くしかあるまいて。

 BLOCHという、
サッポロファクトリーの向かいにあるこぢんまりとしたハコ。開演10分前に着いたら、座席はだいぶ埋まっていた。

 劇団しろちゃん『あげパンデー』。
中学生がああしてこうしてむじゃむじゃ、という話。ううむ、一言では説明できぬなあ。若者にありがちな観念的な話ではなく、
爽やかなエンターテインメントに収まっていたのではないかと。

 ゼミの学生のはじけぶりが面白かった。

 帰り道、自宅のそばにある沖縄料理居酒屋でオリオンビール、久米仙、島らっきょ、豆腐チャンプル、ソーキそばを食す。

胃カメラ

 月曜から2~3日、胃の上部がさしこまれるように痛み、なんだろうと不安になった。

 不安なままでいても仕方ないので、水曜に内科に行った。

「胆石の疑いもありますので」

 ということで超音波で腹の中を見てもらったのだが、なんともない。

「じゃあいっそのこと胃カメラやってみますか」
「うちのは鼻から通すやつなので、負担は少ないんですよ」

 ああ、聞いたことはある。だいぶ楽なんだってね。これはよさそうだ。

 とのことで本日胃カメラを生まれて初めて飲んできた。

 感想。もうやりたくない。

 前日は夜9時から飲まず食わず、当日はまず手足のイボを焼きに行き、それから件の内科へ。

 「胃の泡を消す薬」なるものを飲み、しばらく休む。それから麻酔するスプレーを鼻の穴の中にシュッシュ。
今度はケーブルを通す方の穴に念入りに麻酔薬を注入。のどまで降りてきてむせる。

「試しにこの管を入れてみますから」

 看護師さんがストローくらいの長さの管を鼻に入れた。そんなに痛くない。これは楽勝か。

「ではこちらに」

 看護師さんに連れられて内科医のもとへ。寝台に横向きに寝る。

「これが内視鏡です」

 さっき鼻に入れられた管より太いじゃん。そんなの入るの?言う間もなく鼻の穴からするするとのどの奥の方へ。

「これが声帯ですねー、こっち行くと気道なので食道の方へ」

 カメラに映し出される自分の内臓。それよりもなによりも、のどを麻酔していないため、ときどき強烈な吐き気をもよおす。

「はい、胃に到着です。うーん、きれいですねー」

 確かに、きれいなピンク色をしていた。胃の痛みを感じていたときは、潰瘍でもできているのではないかと気をもんでいたのだが、
まったくそんなことはなかった。安心するとともになんだか落胆した。

「十二指腸にもいってみましょう。潰瘍ができやすいとこなんですが、なんともありませんねー」
「胃をふくらませてみますよー」

 そんなことができるのか。どうもエアを送り込むらしい。おお、腹がふくれてきた。

「はい終わりですー」

 胃カメラを抜くときにも強烈な吐き気。それでも実際には吐きはしなかったのが不思議だ。

 結果、異常なし。まあよかったのか。

イボを焼く

 足の指と手の平にイボができた。

 いや、足の指の方は半年くらい前からあるのは知っていたし、手の平の方も3~4ヶ月前から気にはなっていた。

 どうもぼくの足はイボができやすい何かがあるらしく、小学生の頃から数えてもう3代目である。札幌に来てから1つ退治したのだが、
またすぐに違う場所にできてしまった。しかも2つも。どうせできるなら人面瘡でもできてくれれば話の種になるのだが。

 このイボと長年つきあってきたので、治す方法が液体窒素で患部を壊死させることだというのは十分に知っている。もちろん、
その痛さも知っている。液体窒素をつけた綿棒を皮膚にじゅっとつけるのである。サディスティックな医師であれば、間髪入れずに「ぐりぐり」
と綿棒を回転させながら押しつけるであろう。綿棒が皮膚に触れた瞬間はなんてことないのだが、次第に刺すような痛みが脳天を貫くのである。

 これまでの患部はすべて足の指であった。だからまだ我慢できたと言えるのだが、今回は手の平である。手の平。
人生初の根性焼きである。手の平を焼くというのだどうにも嫌で、それで半年近く放っておくこととなったのである。

 イボ自体は、放っておいてもたいした問題はないらしいのだが、やはり気になる。特に手の平のものは、
どうしても何か持つたびにひっかかってしょうがない。しかもこのイボ、どうもウイルス性のものらしく、伝染するらしい。実際、
アマネの手の平にも似たようなのができてしまっている。責任を感じている。このままではアマネもイボだらけになるかもしれない。

 そんなわけで、近所にある皮膚科の扉を開けたのだった。

 この皮膚科、『愛の水中花』を歌っていた方と一字違いの女性が開業されている。多才な方らしく、歌を歌ってCDを出したり、
FMラジオで自分の番組を持ってパーソナリティをしていたりしているらしい。そのせいか、
金曜は平日であるにもかかわらず午前中で診療が終わる。まあそれはよろしい。

 保険証を受付に出し、ソファで備え付けの『北斗の拳』を読んでいるとすぐに呼ばれた。

「どうしましたか」
「イボです」
「またですか」

 前回、札幌に来てから焼いてもらったのはこの方であった。

「足の指と、今回は手の平にも」
「そうですか、じゃあ焼きましょう」
「こちらにうつぶせになってください」

 黒い革張りの寝台に、靴下を脱いで横たわった。靴下の中にあったとおぼしきホコリが足の裏にくっついていて恥ずかしかった。

「それじゃあやりますね」

 液体窒素綿棒の出番であろう。まもなく「ぐりぐり」が始まるのかと恐怖におののいていたが、耳慣れない音が足下から聞こえてきた。

「シュー」

 な、なんだ。液体窒素が沸騰しているのか?そもそも沸騰するのか?沸点は何度なのだ?
何しろうつぶせになっていて足下はまるで見えない。何が行われているのか分からないというのは恐怖である。

「うっ」「うっ」

 しかし心理的な恐怖は身体的な痛みに簡単に圧倒される。大の大人が痛くて声を出してしまうのである。

「今度は手の平ですね」

 寝台の上に座り、手を女医に差し出す。女医がもっていたのは、綿棒ではなかった。なんだろうこれは。スプレーのようなものだ。
ノズルの先から雪女よろしく白い空気が勢いよく噴射されている。後で調べたら「クライオサージ」と呼ばれる器具のようだ。
「液体窒素を安全に効率よく送り出します」だそうだ。

 そのクライオサージから噴射される白い気体が、ついに、手の平のふくらみに襲いかかった。

「うぐう」

 これは痛い。足も痛いが手はもっと痛い。3~4回、ノズルを遠ざけたり近づけたりして施術は終わった。

「ではまた1週間後にきてくださいね」

 冬は焼きイボに限りますなあ。お後がよろしいようで。

遠さ

 昨夜、祖父が他界した。

 ゼミの飲み会に出ていたところ、妻からメールがあって知った。

 明治の最後の年の生まれだから、96になる。ここ数年は老人ホームで過ごしていた。

 最後に会ったのは、今年の正月だった。しばらく見ないうちに頬がすっかりこけていた。

 仕事もあり、アマネも本調子ではなく、なにしろ遠い。通夜も葬式も出られない。

 暖かくなってから3人で線香をあげに行く。

謹賀新年

 新年あけましておめでとうございます。  ただいま実家に来ています。ここ、茨城は穏やかな晴天です。北海道や日本海側では雪で荒れているようで、大変そうです。帰ったら車を掘り出さねば。

 紅白も何も見ずに、持ってきた仕事にひたすらかかっておりますよ。と言っても、アマネと遊ばねばならないし。本日はこれから妹夫婦と子どもたち2人がやってくるので、そちらとも遊ばねば。

 それではみなさま、今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 伊藤 崇

クリスマスでございます

 アマネはここ二日ほど家の中に閉じこもりきりにさせました。退屈だろうけど仕方ない。

 このところ世間ではクリスマスが大流行しておりますが、入院中のアマネのところには担当の先生がサンタの格好をしてプレゼントを渡しに来てくれたんだそうです。病院のロビーではプロの歌手の方が賛美歌を歌っておられました。時期によっては入院にもささやかな喜びがあるのだなと知りました。

 さて、昨日はささやかながら我が家でもクリスマス的なことをしましたよ。

 長崎のじいじばあばサンタより、アマネに仕掛け絵本のプレゼントがありました。札幌の父母サンタからも、絵本のプレゼントがあったようです。ペネロペの仕掛け絵本にはいたくご執心でありました。

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 夕食後にはおまちかね、LeTAOで買ったケーキの登場。アマネの得意分野はクリームの上のイチゴであります。大きな口を開けてあんぐりと。

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退院しました

 本日、昼前にアマネが退院できました。ご心配をおかけしましたが、結局はたいしたことなかったようです。
粉末の抗生物質をもらってきましたので、それを飲み終えて熱が再発しなければ、特に受診する必要もないとのこと。

 と、また油断していると火がぼうぼう、ということになりかねませんので、ここ2、3日は自宅で大人しくすることにしましょう。

 家内は病室で付き添いを3日続けたわけで、もうヘトヘトだそうです。

 アマネも病室では元気が有り余っていたように見えましたが、
家に戻ってから昼寝をさせるのにいつものようにドライブに出るとすぐに寝入ってしまいました。
見えないところでそうとうくたびれていたのでしょう。

エア奥様

 北海道ローカルのテレビ番組に、妻が出た。UHB(フジ系列)の「のりゆきのトークDE北海道」という情報系番組、のなかの1コーナー「エア奥様Q」にである。

 なんでも、同番組の1コーナー「パセオDEつかみドル」にママ友といっしょに参加した際、「また何かの折に参加したいですか」とアンケートで尋ねられ、「はい」と答えてしまったようだ。その後、番組スタッフから出場依頼の電話があったというわけ。

 「エア奥様」とは、要はジェスチャークイズである。エアギターからの連想で行けば、奥様でない人が奥様のふりをするのがエア奥様ということになろうが、さにあらず、奥様がさまざまな事柄をジェスチャーで表現し、それをスタジオののりゆきさんたちに当ててもらうというものである、らしいですわよ奥様。

 ちなみに、1問当ててもらうごとに奥様には2000円が手に入る。奥様1人につき5問出題するので、最高1万円。あぶく銭としてはたいそうな額に思えるが、聞くとどうやら「つかみドル」の方が手に入る額は大きいらしい。

 9時に札幌駅東口に集合とのことで、アマネと2人でいそいそとでかけていくのを見送った。こちらは大学に出勤、研究室にてワンセグで番組を流しながら文献を読んでいた。

 そうこうするうちに番組開始、早々にちらりと見慣れた姿が映って消えた。

 「エア奥様」は単なる1コーナーにすぎない。メインのスタジオでお送りする今日のトークのテーマは「理想的な死について」。朝っぱらからしょぼんとするテーマである。スキーヤーの三浦雄一郎さんが電話出演するなど変なところは豪華である。

 「エア奥様」本日のテーマは「我が家の重大ニュース」だそうだ。自分で5つ出題することを決めて、それをジェスチャーする模様。2人の奥様が出場なさるようだが、トップバッターが妻だった。制限時間は45秒。よーいどん。

 用意した答えは、「ビリーでダイエット成功」「マイカー購入」「家電で感電」「エア奥様Q出場」「子ども、曾祖母に会う」であった。うち、スタジオののりゆきさんたちに4問正解してもらうことができた。いやあ、よく正解してくだすったもんだ。

 それにしても、見慣れた顔をわざわざテレビで見なくてもいいはずなのだが、つい見てしまうのはなぜだろう。