非常勤+ダメでした

 非常勤先での講義1回目。

 お仕事のお声をかけてくださったM先生にご挨拶をした後,教室へ向かう。だいたい80名ほど。去年よりも少なく,
こちらとしてはちょうどやりやすい人数である。

 ほとんど全員1年生ということで,大学で学ぶ上での心得のようなものを開陳する。話の中身は内緒である。

 帰り際,4月に北大から異動されたF先生にご挨拶に行く。まだまだがらんとした部屋で引っ越しの整理に追われていたようだ。

 久しぶりに講義をしたら足がぐたっと疲れた。ついこないだまで,2コマ続けて話をしていたこともあったんだけどなあ。体力のなさ。

 北大に戻る。メールボックスを開けてもダイレクトメールばかり。PCの前に座り,Eメールボックスを開ける。
「科研があたった人にはお知らせ入れといたでよ」のメッセージ。

 お知らせ?

 … えー。

 今年もダメでした。はは。ははは。はははははは。

 気を取り直して別の助成にちょこちょこ応募しようっと。

学級崩壊させない先生とは

 ぼちぼち新学期が始まりましたねー。今年の札幌は妙に暖かく,GW前に桜が咲いてしまうのではというイキオイです。

 授業が始まると気忙しくなりますが,前期は,火曜に2コマ,木曜に2コマ,金曜に非常勤1コマと,週5コマこなせばいいので,
まあのんびりです。後期はちょっと増えますが,水曜3コマ(分担),木曜2コマ,金曜非常勤1コマ,本務校1コマ。2コマ増えるだけか。
そんなに変わりませんねー。まあ偉くもないし,能力もないですから。

 周りにいるのは多忙を極めておられる先生ばかりで,なんだか申し訳なくなります。

 さて新学期最初の演習に行ってきたのですが,そこでお互いに自己紹介してもらったんですね。
そのときに学生さんの口から出た話でおもしろいのがありました。

 大阪の方の調査で,小学校の先生がどういう教科に力を入れているかと,
その人が担任するクラスが学級崩壊しているかどうかの関連を調べたものがあったそうです。

 国語,算数,理科などの主要科目に力を入れている先生の学級には荒れているところが見られた。ところが,体育や音楽,
美術などに力を入れている先生が担任する学級には荒れているところが1つもなかった。

 ネタもとが分からないので申し訳ないのですが,だいたいそういう話でした。素朴におもしろいなあと思います。
どうしてなんでしょうね。

大雪と前期試験

 先週末、北海道を見舞った大陸からの低気圧は、札幌に大雪を降らせた。けっこうな吹雪で、
車の周りの雪をかいてもかいてもその上からずんずん積もっていった。しまいにはあきらめて寝た。

 明けて日曜、空は見事な晴天、しかし地上は高く積もった雪に白く覆われていた。発表では札幌で90センチは積もったようだ。
朝から車を発掘にかかる。雪かきダイエットと称して、3、40分ひたすら雪をハネる。大汗をかいた頃、ようやく、
動かせるかなという程度にはなった。

 さて、天気の気まぐれがもたらす災厄は平等にふりかかる。こちらが車を発掘していた頃、
北大を受験する高校生たちのなかに悩めるものがいたようだ。

 月曜は予定であれば国公立大学の前期試験の日程であったのだが、雪の影響で飛行機や汽車の運行がガチャガチャに乱れて、
日曜に札幌入りできないものが出てきたようだ。北大はすばやく試験日程をまるごと1日火曜にずらすという決断をした。

 受験生にとっては少し余裕が出てよかっただろう。

 試験を実施する教職員にとっては、しかし、延期という決断はなかなかに悩ましいものであったろう。試験は1日で終わるが、そのあと、
採点、集計、合格者発表と、団子のように連なるスケジュールがすべて1日ずれる(知らないけど、たぶん)。試験担当の先生たちは、
本来のスケジュールであれば試験の仕事が終わった頃に入れていた出張を止めたりなんだりとあわただしかったのではあるまいか。

 試験とは大学に所属するスタッフにとって、ひとたびなんらかの任を命じられたならば、
何はさておいても奉じなければならない職務である。風邪をひいたとしても、はってでも出なければならない。そうしないと、
ほかのスタッフから白眼視される。ほんとだよ。前から出張が入っていたからなどという理由で職を放棄しようものなら、
おそらく誰も口をきいてくれなくなるだろう。たぶん。

 この雪を本当に恨めしく思っているのは、受験生ではなく、北大の試験担当の教職員であったことだろう。がんばってください。

 ちなみにぼくは今年度は何の担当にもなっていない。センターも、前期も、後期も。
去年まで4年連続でなんかかんかやったからお休みである。

基礎ゼミ2007反省

 本日、「基礎ゼミ」と呼ばれる演習が終わりました。これは、2年生が所属するゼミを決めるために半期でおこなわれる、言ってみれば「お試し」のゼミで、3年生が2年生をリードしていく形で進められるものです。

 ぼくは毎年この演習を担当しているのですが、今年は美馬のゆり・山内祐平『「未来の学び」をデザインする』をテキストとして用いました。この本には創設間もないはこだて未来大が取り上げられていて、カリキュラムと学習環境が、状況的学習論を背景としてどのようにデザインされているかが解説されています。

 今年の演習はこのように進めました。14回の演習を前半と後半に分け、前半では「4~6歳の子どもを対象とした、オリジナルのクイズゲームをつくろう」と題したグループ作業を行い、後半に先のテキストを読むこととしました。

 このグループワークの目標は、北大幼児園の子どもたちに15~20分間のクイズゲームをしかけ、なおかつその子たちに「ウケる」ことでした。なぜクイズゲームという素材を選んだかと言うと、就学前の子どもたちが、何を知っており何を知らないか、何ができて何ができないのか、何かをさせるためにこちら側がどのようにすればいいのか、こういったことを学生たちにとことん考えてほしいと思ったからです。基礎ゼミに参加するのは主に2年生なので、ひととおりの基礎的な知識は概説で学んでいるはずなのですが、いかんせん具体的な像として結んでいない。そこで、クイズゲームを製作し、それを子どもたちを巻き込む形で披露するという目標を作ることで、ぜひ主体的に子どもの姿から学んでほしいなと思ったわけです。

 10月にスタートしたこの作業は、12月の前半に最後の班が発表して無事終わりました。本日最後の基礎ゼミで各班に報告書を提出してもらい、すべての作業が終了したわけですが、こうしたフローをこちらで計画する際に参考としたのが、はこだて未来大のプロジェクト学習や、先に挙げたテキストに紹介されているワークショップ型の演習でした。

 基礎ゼミの後半でテキストを読んだのですが、ここで学生さんたちは、自分たちがこれまでグループで行ってきた活動の理論的背景や他の実践例を知ったわけです。

 ただ本の中のこととして受け流すのではなく、実際に目で見て肌で触れてほしい。ということで先日、はこだて未来大にも総勢10名ほどで行ってきました。せっかく同じ道内にあるのですから、行かない手はないですね。大学院の先輩で、現在はこだて未来大で講師をされている南部美砂子先生にコーディネートをお願いし、お休みのところ無理に出てきていただいて実現した見学会でした。

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 未来大の特色であるプロジェクト学習(実際のところ、特色GPをとっています)は、数名の教員がチームを組んでテーマを設定し、そこに興味ある3年生が入っていってプロジェクトを進めていくというもの。学生さんたちはおよそ1年間、結果としてのモノをきちんと作るために相当苦労するそうです。

 今回の訪問では、南部先生のはからいで、今年度のプロジェクト学習の発表会で用いられたプレゼンボードが展示されていました。北大の学生さんたちはそれなりに見入っていたようです。

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 展示会場では大学院生の水野さんが、製作された機械をもって登場。心理学の理論を背景に、具体的なモノの形に落とし込む作業について語っていただきました。また、南部先生からはプロジェクト学習を指導するにあたってのおもしろさやご苦労などをうかがいました。

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  函館には1泊。学生さんたちは部屋に集まって夜中の2時までなにやら話していたようです。ぼくはひとり街をさまよっていました。

  今回の基礎ゼミを振り返って、学生さんたちから「みんな仲良くなれたのがよかった」という感想をもらいました。

 教員を5年やっていてつくづく思うに、学生が何を学習するかはコントロール不可能です。いくらこちらが熱弁をふるっていたとしても、学生は「あの先生は熱弁をふるう人だ」ということを学習しているだけかもしれないのです。ぼくにできることは、こちらの期待する学習内容について学生が学習しやすくするための、環境作りだけだと思います。

 communities of learners、すなわち、学びあう仲間たちの基礎作りだけはできたかなあと、そう思っています。

愛情の欠乏

 アマネが再び微熱を出して鼻風邪をひいた。ずびずび鼻をならしながら寝ていたからかどうなのか分からないが、
昨夜は睡眠の波の周期にそって、何度もびええと夜泣きをした。泣くたびにつきあって起こされていたら、気がつくと夜が明けていた。
6時半にようやくぐっすりと眠りにつくことができた。

 そんななので、本日の非常勤最終講義はもうへろへろ。足ががくがくし、のどは痛くなる。とうとうイスに座って講義をした。
たまには楽をさせていただこう。

 講義が終わるとテストの心配をしに来る学生がちらほら。

「出題はどんな形式なんですかあ」

 チミたち、たまには講義内容について質問にきたまえよ。

 この非常勤、来年も受けることにした。半期半期で1コマずつである。

 思えば、ぼくにとって「心理学」についての概説をしなければならないという必然性は、
この講義の講師を務めることによってもたらされた。
正直なところ心理学については何も知らなかったということを知ることができたのが一番の収穫であった。

 しかし別の思いももたげてきた。果たしてぼくは心理学という学問が好きなのだろうか。
どうもぼくは心理学を愛していないのではないかという疑いが年々増してきているように思う。

 愛しているのならもう少し情熱的に語ることがあってもよさそうなものだが、自分で反省するだにぼくの語り口は冷たい。
「~ってなことが言われてるみたいっすよお」と、教科書に毛の生えたくらいの情報を聞き伝えのように話す程度なのである。授業評価に
「熱心な先生です」と書かれれば嬉しい反面、そんなに熱心でもないけどなあと恐縮する。

 心理学の概論を半期でも通年でも語るネタを確かにぼくはもっている。それは必要に迫られてのことだが、貴重な財産になった。しかし
「心理学なるもの」に対してはあまり関心がない。そんなものあるのか?とも思うし。今日、たまたまナラティヴ・
セラピーについて話をしたからますますそう思うのだろうかね。

 最近では、むしろ教育学におもしろさを見いだすようになってきた。これは多分に、
同僚の先生方のされていることを見たり聞いたり話したりしていることに由来するだろう。
コミュニティにおけるアイデンティティの変化にともなって、有意味と見なす学習内容そのものが変化している。まさにLPPだ!

通夜の祈り

 北大留学生センターの関道子先生がご逝去された。60歳のお誕生日を迎えられてすぐの12日のことだったという。

 学内の組織改編の関係で関先生との接点が生まれたのは4年前のことだった。教員親睦会の幹事をしていたので、
職場の飲み会のときにスピーチをお願いした。とても楽しいお話をしてくださったように記憶している。

 先生は北大が留学生センターを設置した当初からのスタッフだったが、
その前は教育学部附属乳幼児発達臨床センターで長らく事務や研究にあたってこられた。
北大幼児園黎明期は先生のご尽力により支えられたと聞く。幼児園をご存じの方は思い出されると思うが、
園庭の隅にある築山は先生が苦労されて造られたものだし、夏や秋になると実を結ぶ栗やあんず、
胡桃といった木々は先生が植えられたものである。「食べられるものばかり植えたの」とお話しされたと、
どなたかからうかがったように記憶する。あるいはご本人からだったかもしれない。

 12歳で受洗された敬虔なクリスチャンだった関先生にお別れをする通夜の祈りが今夜、札幌キリスト教会でとりおこなわれた。
晩年は留学生支援に力を注がれた先生らしく、たくさんの留学生の姿が見られた。すすり泣く声があちこちで響く。

 賛美歌を歌い、祈りの言葉を捧げ、花を祭壇にたむけた。壇上の先生の写真は、いつもの笑顔だった。

 ご冥福をお祈りいたします。

 伊藤 崇

届かないところへ

 正月休みが明けてまもなく学部の卒論発表会があった。ぼくが指導を担当した2名も、何とかクリアした。お疲れ様である。

 本番二日前に行った発表練習では、パワーポイントの使い方など徹底的にダメ出ししておいた。翌日行った2度目の練習でもまだ流れが悪い。結局、当日の午前中に最終的な確認をしてそのまま本番に突入した。

 かれらが発表終了後の質疑応答で教員からやいやいつっこまれている現場に立ち会っていると、妙な冷や汗をかいた。たまに、修論発表会では見かけたことがあるのだが、質問に指導教員自身が答えるということがある。そんなことをしてはいけない。してはいけないと知りつつも、つい答えてしまう指導教員の気持ちが痛いほど分かった。そうするのが楽なのである。指導する教員にとってもこれは試練である。

 一度登壇してしまえば、もうそこはかれらの舞台である。そこに手を出すことは許されない。かれらは手が届かないところにいるのである。教員は舞台までの道を伴走するだけだ。

 教えるという作業は、将来教えなくても済むようにすることである。教える側の手の届かないところに行ってしまった後で、教わった者がなんとか生き延びられるようにすることである。そんなふうに、職業上の関係が切れた後のことまで人の身を案じるというのは、教員という職務に含まれた因業であろう。

 指導した2名のうち、1名は院生としてまだ残るが、もう1名は学校に非常勤で採用されたようだ。手の届かないところに行くわけだが、4月までの短い間、何かできることはあるだろうか。

卒論発表会終了

 3日間開かれていた卒論発表会が本日で終了。指導した卒論生の出番があったので、のこのこと出て行く。

 4人の発表には、案の定、情け容赦ないコメントがびしびしとつっこまれていた。そこでうろたえる人とそうでない人に分かれるわけだが、それまで打たれ弱そうに見えた人がコメントにすらすらと返答している姿を見ると、成長の片鱗を覗いた気がして嬉しいものである。

 それにしても今年は、特に研究の根幹にかかわる部分につっこみがあったように思う。これについてはひとえにぼくの指導力不足と言うしかない。

 言い訳であるが、今年は特に時間がなかったということがあり、学生のやりたいことを研究の文脈に乗せてあげることがうまくできなかったのである。

 来年に向けて反省。

仕事納め

 事務室に行って、職員の皆さんがおのおの自分の机などを拭いていらっしゃるのを見ると、仕事納めなのだなあと思う。

 こんな時期ではあるが、来年度の学部広報誌とウェブサイト用の原稿依頼を、教員向けに出した。
先生たちが文書を読むのは仕事始めのときだろうか。依頼を出したことで、とりあえずの肩の荷が下りた感じ。

 年賀状の表書きだけは書いた。裏面は明日以降。

 明日から茨城の実家へ帰省する。4日に有給をとって、6日に戻ってくる予定。8連休である。

 それではみなさん、よいお年を。

卒論が終わった

 本日5時をもって本年度の卒論提出が締め切られた。

 私が指導を担当した2名も、提出にこぎつけることができた。まずはよかった。うち1名は夜を徹して書き上げたようである。
徹夜して仕事を仕上げるなどという経験は、社会に出たらいくらでもあるが、卒論とはその最初のものであろう。

 一難去ってまた一難。発表会が来年1月8~10日に開かれる。それまでに、印刷資料とプレゼン用の資料を作成し、
予行練習までしなければならない。正月を過ぎると頭がぼけっとするので、提出した勢いで28日までに2種類の資料をメールで送るよう指示。

 27日には、ささやかだがお疲れさん飲み会を行う予定。今年は中華である。