届かないところへ

 正月休みが明けてまもなく学部の卒論発表会があった。ぼくが指導を担当した2名も、何とかクリアした。お疲れ様である。

 本番二日前に行った発表練習では、パワーポイントの使い方など徹底的にダメ出ししておいた。翌日行った2度目の練習でもまだ流れが悪い。結局、当日の午前中に最終的な確認をしてそのまま本番に突入した。

 かれらが発表終了後の質疑応答で教員からやいやいつっこまれている現場に立ち会っていると、妙な冷や汗をかいた。たまに、修論発表会では見かけたことがあるのだが、質問に指導教員自身が答えるということがある。そんなことをしてはいけない。してはいけないと知りつつも、つい答えてしまう指導教員の気持ちが痛いほど分かった。そうするのが楽なのである。指導する教員にとってもこれは試練である。

 一度登壇してしまえば、もうそこはかれらの舞台である。そこに手を出すことは許されない。かれらは手が届かないところにいるのである。教員は舞台までの道を伴走するだけだ。

 教えるという作業は、将来教えなくても済むようにすることである。教える側の手の届かないところに行ってしまった後で、教わった者がなんとか生き延びられるようにすることである。そんなふうに、職業上の関係が切れた後のことまで人の身を案じるというのは、教員という職務に含まれた因業であろう。

 指導した2名のうち、1名は院生としてまだ残るが、もう1名は学校に非常勤で採用されたようだ。手の届かないところに行くわけだが、4月までの短い間、何かできることはあるだろうか。

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