FW1 18-21

     The great fall of the offwall entailed at such short notice the pftjschute of Finnegan, erse solid man, that the humptyhillhead of humself prumptly sends an unquiring one well to the west in quest of his tumptytumtoes:

 塗り壁の崩落はあっと言う間にしっかりした奴フィネガンのつつーい落を引き起こし、そのこぶ丘頭がずんぐり足っちょを探しにずいぶん西へと探し物好きを送り込む。

 前の1文から、転落のモチーフが続く。ここでようやく、本のタイトルにあるフィネガンの名が出てきた。

 彼はアイルランド民謡’Finnegan’s Wake‘に登場するレンガ職人ティム・フィネガン(Tim Finnegan)。ヨーロッパには、アイルランド人はみな酒好きというステレオタイプがあるが、彼も噂に違わず酒が好き。ある日酔っぱらってハシゴに登ったため、そこから落っこちて、頭をかち割ってしまう。
 死んだと思った知り合いは、ティムを囲んで通夜騒ぎ。アイルランドの通夜(Wake)では集まった人で酒を飲み、死体を囲んで賑やかに宴会をする。ある人が飲んでいた酒をあやまってティム・フィネガンにこぼしてしまう。するとティムさん飛び上がり、「やあ、死んだと思ったんかあ!」
 Joyceは、この歌から「死と再生」のモチーフを借りて、FWの中に溶かし込んだ。民謡のタイトルからアポストロフィを取り去ることで、たった一人の死と再生ではなく、あらゆるフィネガンたち(Huckleberry Finnや、Fin MacCoolなどのFinnたちも含めて)の死と再生の物語へと回路を開いたのである。

 offwall: off the wall(奇妙な)、Wall Streetの外(Off Broadwayと似たようなもの)?

 entail: イギリスの法律用語で「限嗣相続財産」。en(~にする) + tail(尾)、「結果として~という状態にする」といった意味か。

 at such short notice: 強調のsuch + at short notice(急いで)

 pftjschute: pftjs + chute(フランス語で「落下」)。フィネガンの転落する擬音。

 erse: Erse「(スコットランド系の)ケルト族の」。

 solid man: アイルランド民謡、‘The Solid Man’。ミュージック・ホール歌手William J. Ashcroftによって一般に広められた*1

 humself: himself、hum(ブツブツ言う、鼻歌を歌う)。

 prumptly: promptly(急いで)、plump(まるまる太った、ドスンと落ちる)。

 humptyhillhead … tumptytumtoes: hとtの頭韻。
 head(頭)とtoes(つまさき)が見えるが、これはダブリンの地下にまどろんで横たわると言われる英雄フィン・マクールFinn MacCoolのもの。ホウス岬がその頭だとする伝説がある。頭をホウス岬とすると、足先はダブリンの西にあるフェニックス・パークPhoenix Park)にあたる*1。この公園の名の由来は、アイルランド語の"Fionn Uisce"(透明な水)。園内に泉があったことから。ということは、wellには「井戸」の意味もあるか。
 Humpty Dumptyも見える。民謡ではティム・フィネガンがハシゴから落ちたが、ここの1文ではマザーグースに出てくるハンプティ・ダンプティが、塀の上から落下する。
 humpy(こぶだらけの)、dumpy(ずんぐりした)。

 unquiring: enquiring(取り調べ) 。

 in quest: inquest(査問)、in quest of(~を探して)。


*1 McHugh, R. 1980/91 Annotations to Finnegans Wake. Johns Hopkins University Press.

家庭生活1週間

 わが子アマネが家にやって来て1週間が経った。

 毎日、ほぼ2、3時間おきに母乳を呑み、それと同じかそれ以上の回数、おしっことうんちを吐き出している。正確な体重は量っていないが、ほっぺたがみるみるうちにふくらんでいる。

 へその緒が取れてすぐの頃、へそから血がじゅくじゅくと出ていた。不安になったが、それも家に来て4~5日したらかさぶたになった。

 泣くのにも何種類か原因があるようだ。2時間おきに来るのが「おっぱい欲しい」の合図、授乳直後もぞもぞと起きているときに「びい」と泣くのが「かまってくれ」の合図。紙おむつだからかもしれないが、おしっこやうんちが気持ち悪くて泣くということは、いまのところない。

 心配しても始まらない日々がある。

FW1 15-18

     The fall (bababadalgharaghtakamminarronnkonnbronntonnerronntuonn- thunntrovarrhounawnskawntoohoohoorderenthurnuk!) of a once wallstrait oldparr is retaled early in bed and later on life down through all christian minstrelsy.

 転落(バババダルガラタカミナロンコンブロントンネロンタントントロヴァロウンアウンスカントゥーフーフールデレントゥルヌック!)、かつてウォール街の老人の話は、クリスチャン吟遊詩人たちによって、初期にはベッドで、やがて巷間に語り継がれていく。

 bababa…以下、ちょうど100文字あるこの単語は、もちろん転落したときの擬音だが、雷鳴を表すともいわれる。ここには各国語で「カミナリ」の意味をもつ単語がちりばめられている。以下、McHughの注釈に載せられているものを挙げていく。

 bababa…: Babel?
 …kamminarronn…: kaminari 日本語
 …konn…: karak、ヒンドゥスタニー語
 …bronn…: brontao、ギリシャ語
 …tonnerronn…: tonnerre、フランス語
 …tuonn…: tuono、イタリア語
 …thunn…: tun、古ルーマニア語
 …trovarr…: trovao、ポルトガル語
 …awnskawn…: aska、スウェーデン語
 …toohoohoorderen…: tordenen、デンマーク語
 …thurnuk: tornach、アイルランド語

 wallstrait: ウォール街(Wall Street)。ウォール街で転落といえば、1929年の暗黒の木曜日のことだろう。
 well-straight(まっすぐ)も見える。まっさかさまに「転落」したのだろう。

 Old Parr: 今ではスコッチウィスキーの名前で知られるが、これはもともと、152歳まで生きたというイギリス生まれの人物、Thomas Parrのこと。
 parr: サケ科の魚の幼魚、とするならば、Oldparrは「老幼魚」。「昨日生まれた婆ちゃんが…」のようなもの。
 フランス語でpere(父)も見える。

 retaled: re + tale(ふたたび物語る)。次の一文にentailedがある。taleとtailの語呂合わせは、『不思議の国のアリス』にも出てくる有名なもの。

 early in bed and later on life: 成句"Early to bed and early to rise"(早寝早起き)。

 christian minstrelsy: 字義通りに読めば、クリスチャン吟遊詩人。同時に、フォスターの時代、19世紀前半のアメリカで人気を博したミンストレル・グループChristy’s Minstrels
 ministryもあるか*1


*1 McHugh, R. 1980/91 Annotations to Finnegans Wake. Johns Hopkins University Press.

若手とは

 野暮用で非常勤先の大学へ。偶然、知り合いのM先生に遭う。

 十月末に開かれる小さな学会で、M先生とともにシンポジウムのスピーカーになっているのだが、話す内容について相談。学会の実行委員会が企画した(のだと思うのだが)シンポだが、提案されたたたき台には「若手研究者からの発信」というサブタイトルがついていた。

「なんでわざわざ若手であることを強調するのだろう」とM先生は疑問に感じてらしたようだ。

 夕方過ぎから、学部で研究交流会。

 この9月に転出される同僚に、これまでの成果を発表してもらい、そのあと壮行会を開こうという趣旨。

 集まったのは発表者含めて6名。2000年以降に赴任した「若手教員」というくくりで集めた。

 S先生のフィールドはインドで、初等教育にかんしてどのような問題があるのか、これから自分の手で掘り起こしていくのだという決意表明として聞いた。

 発表終了後、場所を移して札幌駅北口の飲み屋へ。幹事をしていたのと、酔っぱらってしまったのとで、何を話したのかあまり覚えていない。安心して酔っぱらえたのは、緊張していなかったからだろう。年の近い「若手」の集まりだったからこそ。

 「若手」の意義について考えた1日であった。

 翌日、宿酔でトイレと布団を往復したのも、まだ自分が若造であることの証か。

常磐新線開業

 本日、常磐新線が営業を始めた。

 現在は「つくばエクスプレス」という名前で呼ばれているようだが、元・地元民としては、土地の買い取りや工事の様子を眺めていた頃の呼び名、「常磐新線」が落ち着くのである。

 平成17年開業、ということは相当以前から言われていた。確か十年前にはもう開業年度は決まっていたのではないか。聞いた時には、ずいぶん先のことと感じていた。

 いまや「そのとき」が来たったのである。大げさかもしれないが、1999年7の月に感じたのと同じくらいの、「ついにきた」感なのだ。

 今度里帰りしたときにでも、話の種に乗ってみよう。個人的には、秋葉原ではなく、浅草に降りて、ぶらついてみたい。

FW1 12-14

     Rot a peck of pa’s malt had Jhem or Shen brewed by arclight and rory end to the regginbrow was to be seen ringsome on the aquaface.

 ジェムかシェンがアーク光のもとでパパのモルトをたっぷり腐らせ醸造し終えると、真っ赤な虹が水面に円く見えようとしていた。

 a peck of … malt: "O, Willie brew’d a peck o’maut"という歌*1

 Jhem or Shen: Jameson
 Shen: shen(中国語の「神」)*1

 brewed: ウィスキーは醸造しない(distillする)。醸造するのはビールだ。ここにはJamesonと並んで知られるアイルランドの酒工場、Guinness breweryが入っていると言うが*1

 arclight: アーク灯。この文の後半にrainbowが見えるので、arc(弧) + light(光)。

 rory: アイルランド語で「紅(red)」*2。roridus(ラテン語で「露でじっとりした」)*1

 rory end to the … :アングロアイリッシュの言葉で、bloody end to the lieは、no lie(本当だよ)*1

 rory end to the regginbrow: At the rainbow’s end are dew and the colour red*2

 regginbrow: Regenbogen(ドイツ語で「虹」)*1、rainbow

 ringsome: ringsum(ドイツ語で「囲んで」around)*1

 この1文には、創世記第9章のイメージがかぶせられている。Joyceはここに関連して、"When all vegetation is covered  by the flood there are now eyebrows on the face of the Waterworld"と書いている。水の世界の顔に眉?水面に映った虹のメタファであろうか。
 ノアは洪水がひいた後、葡萄を作ってワインを醸造(brew)する。
「爰にノア農夫となりて葡萄園を植ることを始しが 葡萄酒を飲て醉天幕の中にありて裸になれり」(創世記第9章20節~21節)
 arclightにはArk(ノアの方舟)が見える。
 rainbowは、神とノアとの契約の証でもある。
「神言たまひけるは我が我と汝等および汝等と偕なる諸の生物のあいだに世々限りなく爲す所の契約の徴は是なり 我わが虹を雲の中に起さん是我と世とのあいだの契約の徴なるべし」(創世記第9章13節~14節)
 aquafaceは洪水の水面でもある。


*1 McHugh, R. 1980/91 Annotations to Finnegans Wake. Johns Hopkins University Press.
*2 Ellman, R. (Ed.) 1976 Selected letters of James Joyce. Faber and Faber. pp.316-7

FW1 11-12

     not yet, though all’s fair in vanessy, were sosie sesthers wroth with twone nathandjoe.

 ヴァネッサにしたらなんでもありだが、双子姉妹が二人で一人ジョナサンに怒り狂ったのもまだのこと。

 all’s fair in … : All’s fair in love and war.(ことわざで、「恋と戦は手段選ばず」)。

 fair in vanessy: ウィリアム・サッカレー"Vanity Fair"(『虚栄の市』)*1

 vanessy: Vanessa(後述)

 sosie: フランス語で「瓜二つの人間」、saucy(生意気な)

 sesthers: sisters(姉妹)
 また、ここにはEstherも読める。これは、ジョナサン・スウィフトをめぐる二人の女性、エスター・ジョンソン(Ester Johnson、愛称ステラStella)とへスター・ヴァナミリー(Hester Vanhomrigh、愛称ヴァネッサVanessa)を指す。

 twone: two-one 「二人で一人」の意味ならば、エスターの名を介してステラとヴァネッサが一人であること、「一人で二人」の意味ならば、一人のスウィフトが二股かけることだろう。

 nathandjoe: スウィフトのファーストネーム、Jonathanの転倒。スウィフトの名前を使ったこうした遊びはヴァネッサもしていたようだ*1


*1 McHugh, R. 1980/91 Annotations to Finnegans Wake. Johns Hopkins University Press.

FW1 10-11

     not yet, though venissoon after, had a kidscad buttended a bland old isaac:

 小憎が老盲凡アイザックを突っつきだましたのも、もうすぐあとだが、まだのこと。

 この一節について、Joyceはこうメモしている。
 The venison purveyor Jacob got the blessing meant for Esau*2
 鹿肉を調達してきたヤコブが、エサウに与えられるはずの祝福を得た。
 これは、創世記第27章のエピソードである。アブラハムの息子イサクとその妻リベカには、エサウとヤコブという双子の兄弟がいた。年老いて目も見えなくなったイサクは、父アブラハムから受け継いだ神の祝福を受ける権利(すなわち、族長の地位)を長子エサウに渡そうとしていた。鹿肉で作った料理を食べさせてくれればその権利を渡そうと約束し、エサウは勇んで狩りに出かけた。
 ところが妻リベカは弟ヤコブにその権利を与えたかったため、一計を案じた。

「而してリベカ家の中に己の所にある長子エサウの美服をとりて之を季子ヤコブに衣せ 又山羊の羔の皮をもて其手と其頸の滑澤なる處とを掩ひ 其製りたる美味とパンを子ヤコブの手にわたせり 彼乃ち父の許にいたりて我父よといひければ我此にありわが子よ汝は誰なると曰ふ ヤコブ父にいひけるは我は汝の長子エサウなり我汝が我に命じたるごとくなせり請ふ起て坐しわが鹿の肉をくらひて汝の心に我を祝せよ」(文語訳聖書 創世記 第27章15節~19節)

 したがって、以下のように読める。
 venissoon: venison(鹿肉) + son(息子)
 kidscad: kids(子ヤギ) + cad(卑劣なヤツ)。McHughはkidscadにtrickを読んでいるが?
 a bland old isaac: a blind old Isaac(盲目老人イサク

 同時に、この一節は19世紀のアイルランド独立運動の文脈で読むこともできる。
 まず、old isaacとはアイザック・バット(Isaac Butt)のこと。そう言えば、buttendedが見える。
 バットは、アイルランド自治を訴えた自治連盟(Home Rule League)の創設者。
 彼に代わって二代目リーダーとなったのがチャールズ・スチュワート・パーネル(Charles Stewart Parnell)。彼の子どもの頃のあだ名がButthead(頑固者)*1。バットを追い出したからbutt-endということでもある。

 venisoon: very soon*1

 buttended: buttendには「バットの先で突く」という意味もあるらしい。


*1 McHugh, R. 1980/91 Annotations to Finnegans Wake. Johns Hopkins University Press.
*2 Ellman, R. (Ed.) 1976 Selected letters of James Joyce. Faber and Faber. pp.316-7

FW1 9-10

     nor avoice from afire bellowsed mishe mishe to tauftauf thuartpeatrick:

 遠くの炎より声が、泥炭洗礼ペトリックに、我へ我へモーセと鳴りひびいたのもまだ。

 この一節についてJoyceはこう説明している*2
 "The flame of Christianity kindled by St Patrick on Holy Saturday in defiance of royal orders"
 「王の命令に抵抗して、聖土曜日に聖パトリックがキリスト教信仰の炎をあげた」。
 これは以下の逸話を指すと思われる。「ターラの丘で諸王が集う祭りの日には王宮に灯りがつくまで何人も火を焚いてはならないという決まりごとがあった。セント・パトリックはこの掟を破ってターラの丘の向かいにあるスレーンの丘で火を焚いた。これに怒った王は彼を殺そうとしたのだが、次々と奇跡が起こった。彼が焚いた火は消そうとしても消えず、ドルイドとの対決にも勝った。恐れた王たちはついにキリスト教に改宗したのだそうだ」(海老島均・山下理恵子(編著) アイルランドを知るための60章 明石書店 p.173)。(9/4追加)
 聖パトリックによるアイルランドへのキリスト教の布教がモチーフとなっている。キリスト教と聖書はFWの背後に常に見え隠れする要素だ。

 avoice: a+voice、avoid?

 afire: a+fire、from afar(遠くに)

 bellowsed:
 bellows(ふいご)。火をおこす道具であるが、アコーディオンやパイプなど共鳴楽器に風を送り込む装置でもある。
 bellow(どなる、とどろく)。Joyceは何がbellowしたのかについて、以下のように注釈を加えた*2。"the response of the peatfire of faith to the windy words of the apostle "。伝道者の虚言に対する、信仰の熾き火による応答、ということか。

 mishe mishe: mise(アイルランド語で「私をme」)。

 tauftauf: turf(泥炭)、taufen(ドイツ語で「洗礼baptise(pdf)」)。

 thuartpeatrick: "Thou art Peter and upon this rock etc"を1語に圧縮。
 thou artは古い英語でyou are。引用したのは新約聖書マタイ福音書16章18節の、イエスの言葉である。ラテン語で"Tu es Petrus et super hanc petram aedificabo Ecclesiam meam."「汝はペテロなり、我この磐の上に我が教會を建てん」(文語訳新約聖書より)。
 原文では、Petrus(ペテロ)とpetram(岩)の語呂合わせがなされている。ペテロはイエスの12使徒のひとりであり、カトリック初代教皇。

 thuartpeatrick: 聖パトリックSaint Patrick。アイルランドの守護聖人で、彼の地へキリスト教を伝道したことで知られる。

 fire … bellows … taufと、炎のイメージが続くが、thuartpeatrickにはpeat(泥炭)が見える。ということは、mishe misheにはmoss(こけ)もひびくか。
 McHughはmishe misheにMoses, Moses(モーゼ)を読み取る*1。というのも、モーゼにとってburning bush(燃えても燃え尽きぬ柴)は神の隠喩であり、アイルランド人にとって燃える柴とはすなわち泥炭にほかならないから。


*1 McHugh, R. 1980/91 Annotations to Finnegans Wake. Johns Hopkins University Press.
*2 Ellman, R. (Ed.) 1976 Selected letters of James Joyce. Faber and Faber. pp.316-7

マーネと愉快な仲間たち

 やあ、ぼく、マーネ。尾張生まれの絞り染めグマなんだ。まあね、が口グセだから、マーネって言うの。

 まあね、しばらく前に北海道に引っ越してきたんだけど、来て早々、我が家に新しい住人がやってきたよ。

 たいてい寝てばかりでいるけど、まあね、ときどき、もぞもぞ手足を動かしたり、くしゃみしたり、泣きじゃくったりする、変なヤツなんだ。

 ぼくの方が今の家に先に来んだから、まあね、ぼくがアニキで、おまえは弟分だな。でも、弟分のくせに、今じゃあこいつが殿様みたいな扱いをされてる。ほんと、腹たつなあ。

 まあね、変なヤツだけど、ずっと「ヤツ」なんて呼ぶのも、粋じゃないよね。だから、ぼくが名前をつけてあげよう。

 よし、弟分だから、ぼくの名前にちなんだのにしてあげよう。

 「あまね」はどう?「まあね」じゃなくて、「あまね」。まあね、なんだかいいじゃない?

 よろしくね、あまね。

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