2025年回顧

今年もいろいろありました。振り返ってみますと,ぼんやりしていたようで,なかなかにアクティブでした。

  • 1月
    • 健康診断を受ける。肝臓の値が悪く,しばらく食事を見直す。夏ごろまで通院するが,自主的に診療を止める。
  • 2月
    • 博士論文の審査。副査として筑波大学から高木智世先生をお迎え。
    • 後期全学科目「一般教育演習」に関連したエクスカーションとして,琴似にある札幌酒精株式会社を学生とともに見学。
    • 有志で「いまだここにないものを学ぶ会」を立ち上げ。初回の購読文献は,Wenger-Trayner, E. et al. (Eds.) (2014). Learning in landscapes of practice: Boundaries, identity, and knowledgeability in practice-based learning. Routledge.
  • 3月
    • 娘が小学校を卒業。
  • 5月
  • 6月
  • 7月
    • 「教育環境のデザイン分科会」の2日連続企画。第1日目は「アンラーニング質的研究を実践する」と題して,楠見友輔先生(信州大学)が出版された『アンラーニング質的研究』を中心に,対面とオンラインで議論。成城大学の青山征彦先生に会場関係で大変なお骨折りをいただく。
    • 2日連続企画の2日目。「『パフォーマンス教職入門』読書会」と題して,郡司菜津美先生(国士舘大学)のご著書『パフォーマンス教育入門』掲載の活動を実際に行うイベントを開催。出版元の北樹出版の方々に,当日の様子を撮影した動画をご提供いただく。
    • 明和電機47都道府県ひとりコンサート「UMEツアー2025」札幌公演に参戦。公演後のサイン会で色紙に社訓を書いていただく。
  • 8月
    • 北海道大学オープンキャンパスで高校生相手に1時間講義。
    • ホワイトボード・ミーティングⓇのチームひとまち北海道が定期的に開催する「気軽な勉強会」。年に1度の対面開催@稚内。伊藤千里先生に幹事でお骨折りいただく。せっかくならということで,帰省していた息子も交えた家族全員で車で稚内へ。片道5時間の旅。
  • 9月
    • われらが阪神タイガースがセントラル・リーグ優勝。
    • 認知科学会@早稲田大に参加。分科会企画としてオーガナイズドセッション「価値中立性への志向を捨て実践の葛藤に飛び込む」を開催。青山征彦先生(成城大学),新原将義先生(武蔵大学),城間祥子先生(沖縄県立芸術大学)とともに企画を担当。
    • 同僚の大谷和大先生のご紹介でTakuya Yanagida先生による統計の講義に参加。夜は札幌の街中をいっしょにうろつく。
  • 10月
    • 大学院生向けに開講していた演習への受講者0人の憂き目を受け,オープンなオンライン読書会の定期開催を開始。ターゲットは,Cole, M., Engestrom, Y., & Vasquez, O. (Eds). (1997). Mind, culture, and activity: Seminal papers from the Laboratory of Comparative Human Cognition. Cambridge University Press. 茂呂雄二先生,岡部大介先生,石田喜美先生,津久井文氏にこれまでにご参加いただく。
    • 令和6年度全学講義のベストエクセレントティーチャーを受賞。受賞対象は一般教育演習「北海道の居酒屋の真髄を探る」。
  • 11月
    • 発達心理学会北海道地区懇話会主催のシンポ「子どもの貧困を通して発達を考える」に参加。
  • 12月
    • 卒論生1名,修論生1名が無事論文を提出。
    • 図書館総合展の一環として「進研ゼミDM講座~第1回・進研ゼミDMマンガ編」が開催される。石田喜美先生(横浜国立大)に大変なお骨折りをいただく。アサイヒデヨ氏,みさき氏とDMマンガについて語り合う。

もちろんこのほかにもたくさんの仕事,たくさんの飲み会をしていますが,いかんせん書けないことばかりで。お名前を挙げることができなかった方もいらっしゃいますが,今年は大変お世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

タキシタくんのこと

小学生の頃の同級生で,タキシタくんという子がいた。背がひょろっとして首と足が長かった。

ぼくの住んでいた村は田舎だったけど,タキシタくんのたたずまいは町の子という感じで,一緒に遊ぶこともあまりなかったような気がする。

一度,腕を折ったかで大けがをしていたことがあった。なんだかかわいそうだなあ,と,そのときはそれくらいだった。

タキシタくんは村の中学校に行かなかったのでそれっきりだった。以来数十年,すっかり頭の中から消えていた。

今日,妹からタキシタくんが亡くなった,という知らせを聞いた。

実はぼくはそのことをすでにネットで見ていたのだが,あのタキシタくんのことだとまったく気がつかなかったのである。俳優になっていたことすら知らなかった。

滝下毅くん,さようなら。ご冥福をお祈りいたします。

サイコロジスト、ペイ!!

Leo.jpgLeo's Tavern.jpg

 カウンター越しに、コーヒーを注文した。

 どこから来たんだ?

 日本から。

 日本人は何人か来たことがあるよ。今晩そこで演奏するからぜひ来てくれ。宿はどうするんだ。親戚がB&Bをしているからそこに泊まらないか。車で送っていってやるから。

 渡りに船とお世話になることにした。車中、お嬢さんのCDを持っていること、以前NHKで特集をしているのを見たこと、などなどを話す。目元が似ているな、そんな感じがした。

 国道沿いにぽつりと立つ一軒の家がそのB&Bだった。アイルランドではたいていの場合「B&B」というサインが外から見やすいところに掲げられており、だから放浪していても投宿先はすぐに探すことができたのだが、この家には何もしるしはなかった。

 家の中にいたのは、おばあさんが一人と、小太りの中年男性が一人。3人でお茶を飲みながらここまでの行程を説明する。この中年男性氏、オランダから来たのだそうだが、ClannadとEnyaの大ファンだそうだ。自分の部屋を撮った写真を見せてもらったのだが、壁一面びっしりとLeo氏のお嬢さんのポスターが貼ってあった。毎年ここに来ているそうだ。 pilgrimage、そんな言葉が彼の口からついて出た。

 北の夏は夜が短い。7時を過ぎてまだ空に明るさの残る田舎道をぽつぽつと歩いて酒場の戸をくぐった。

 すでにテーブルは埋まり、さざめきが部屋を満たしていた。オランダ氏はすでにグラスを傾けていた。手招きをするのでその向かいに空いていたイスに腰を下ろす。

 Leo氏の演奏は9時半からだという。カウンターでギネスをもらう。およそ2ポンド(当時はまだユーロではなかった)で1パイント。だいたい400円強。日本で飲むと800~900円。なんなんだこの差は(当然酒税である)。

 同じテーブルの斜向かいに座った高齢の男性に話しかけられる。

 お前は日本では何をしている。

 学生であることを言うと、専攻を聞かれた。

 サイコロジーです。

 はは、アイルランドでサイコロジストをやればずいぶん儲かるぞ。

 そう言って男性は杯を空けた。

 どうしてです?

 これだ、と言って差し出すのは空いたグラス。

 アイルランドは飲んだくれが多い、みんなアル中みたいなもんだ、だからサイコロジストが儲かる。そうだろう?サイコロジスト、ペイ!!

 そう叫びながら男性は右手を高く掲げ、やがて目を伏せて揚げた手でグラスをつかんだ。掲題の言葉はこうしてこの男性氏から発せられたものである。

 やがてLeo氏がアコーディオンを持ってステージに登場すると、いつの間にか酒場を埋め尽くした人々は万雷の拍手で迎えた。

 外に出ると半分欠けた月が雲一つない天上から地上を青白く照らしていた。酒場からはまだアコーディオンと歌声、そして喧噪が流れてくる。

 遠くに波の音。ここからは海までほんのわずかなのだ。

 車も通らない道を、ジーンズのポケットに手を突っ込み、宿へと戻った。

 10年経った今、あの夜、Leo氏がどのような演奏をしたのか、実のところあまり記憶にない。しかし、サイコロジスト、ペイ!!という言葉はいまだに耳に残る。

 心理学者というのはほんとうに儲かるのだろうか。

Leo’s Tavernのこと

 あれは1997年のことだから、もう10年も前になる。

 その年の8月、ぼくはアイルランドはカウンティ・ドネゴールの田舎道を独りぽつぽつと歩いていた。
3か月と決めていた放浪の終盤であった。

 ドネゴールはアイルランド島の北の外れに位置し、がらんとした天と荒涼とした地にはさまれた場所である。
丈の短い草に一面覆われたボッグ(湿地)を掘り起こせばピート(泥炭)が取れる。波打って広がる丘陵をまっすぐに突っ切る国道沿いには、
そうしたピートが切り出され、山と積まれていた。

 道ばたで立ち話をした人からLeo’s Tavernのことを聞いた。居酒屋の主たるLeo氏とはClannadのメンバー、
MaireやCiaran、そしてEnyaの父親として知られる。今では世界的成功を収めた音楽家であるかれらの弾き始めは、
父親のパブであったという。

 行きたしと思えど一介の酒場のために道に案内の出ているはずもなし、
逡巡していると背後より走り来た車がすぐそばでキキッと停まった。運転席から顔をのぞかせた男がこちらに何か話しかけるが、
訛りがあまりにもひどくさっぱりである。バックパック背負い途方に暮れるのを見たからだろう、どうやら乗せてくれるらしい。「ありがとう」
と言うが早いか助手席にすべりこんだ。アイルランドを歩いているとよくあることなのである。

 Leo’s Tavernは知っているか。

 運転手氏に話しかけると、おお知っているとも、と言っているかのように(訛りがひどくてやはりはっきりとは分からなかったのである)
ひとしきりまくし立てたかと思うと、国道をそれて丘を登り、その中腹にある一軒の家の前に車をつけた。そこがTavernだった。

 太陽はまだ天高くあり、酒場の開く時間ではなかったが、幸いにドアは開いており中をのぞき込むことができた。

 まだ薄暗い室内にはいくつかのテーブルとカウンターが見える。カウンターにはサーバーの取っ手が並び、その奧にはウィスキーのボトルとグラスが並んでいる。これは見慣れたパブの調度であるが、
よそと違うのは壁に所狭しと飾られたレコードの数々である。後でよくよく見てみれば、
ClannadやEnyaが獲得した何かの賞でもらった品々のようだった。

 やあ。

 こちらに気付いてカウンターの奧から出てきた初老の男性、彼がLeo氏であった。

 (続く)