Leo’s Tavernのこと

 あれは1997年のことだから、もう10年も前になる。

 その年の8月、ぼくはアイルランドはカウンティ・ドネゴールの田舎道を独りぽつぽつと歩いていた。
3か月と決めていた放浪の終盤であった。

 ドネゴールはアイルランド島の北の外れに位置し、がらんとした天と荒涼とした地にはさまれた場所である。
丈の短い草に一面覆われたボッグ(湿地)を掘り起こせばピート(泥炭)が取れる。波打って広がる丘陵をまっすぐに突っ切る国道沿いには、
そうしたピートが切り出され、山と積まれていた。

 道ばたで立ち話をした人からLeo’s Tavernのことを聞いた。居酒屋の主たるLeo氏とはClannadのメンバー、
MaireやCiaran、そしてEnyaの父親として知られる。今では世界的成功を収めた音楽家であるかれらの弾き始めは、
父親のパブであったという。

 行きたしと思えど一介の酒場のために道に案内の出ているはずもなし、
逡巡していると背後より走り来た車がすぐそばでキキッと停まった。運転席から顔をのぞかせた男がこちらに何か話しかけるが、
訛りがあまりにもひどくさっぱりである。バックパック背負い途方に暮れるのを見たからだろう、どうやら乗せてくれるらしい。「ありがとう」
と言うが早いか助手席にすべりこんだ。アイルランドを歩いているとよくあることなのである。

 Leo’s Tavernは知っているか。

 運転手氏に話しかけると、おお知っているとも、と言っているかのように(訛りがひどくてやはりはっきりとは分からなかったのである)
ひとしきりまくし立てたかと思うと、国道をそれて丘を登り、その中腹にある一軒の家の前に車をつけた。そこがTavernだった。

 太陽はまだ天高くあり、酒場の開く時間ではなかったが、幸いにドアは開いており中をのぞき込むことができた。

 まだ薄暗い室内にはいくつかのテーブルとカウンターが見える。カウンターにはサーバーの取っ手が並び、その奧にはウィスキーのボトルとグラスが並んでいる。これは見慣れたパブの調度であるが、
よそと違うのは壁に所狭しと飾られたレコードの数々である。後でよくよく見てみれば、
ClannadやEnyaが獲得した何かの賞でもらった品々のようだった。

 やあ。

 こちらに気付いてカウンターの奧から出てきた初老の男性、彼がLeo氏であった。

 (続く)

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