025-酒呑みの気持ちが解る本

滝田ゆう 1995 泥鰌庵閑話 上・下 筑摩書房
太田和彦 1997 ニッポン居酒屋放浪記 立志編・疾風編・望郷編 新潮社

 日が西に傾いた時分から,どうも体がそわそわっとしてくる。一仕事,切りの良いところで片づけて,残りは明日明日と,研究室の鍵をかける手ももどかしく。足は自然,地下鉄の駅へと向かう。

 「いらっしゃい,ああ,どうも」

 行きつけの飲み屋はビルの地下に潜ったところにある。重い引き戸を開けるとカウンターの向こうから鋭い目をした主人が威勢良く声をかけた。ここでは自分はまだ若造,カウンターの一番入り口に近いところを下座と勝手に決めて自分の席にしている。バイトの兄ちゃんからおしぼりを受け取って,サッポロクラシック(ジョッキで350円,安い)を頼む。それからおもむろに品書きに目を通す。品書きは,常時できるものと,仕入れに合わせて作る時期のものの,2種類ある。まず,日替わりから。ちょっと前まではホヤ刺ばかり頼んでいた。おお,ジャガバタ塩辛があるではないか。ふかしたイモに塩辛をあわせる食べ方は聞いてはいたが,なかなか家では作らない。これ頼もう。あとは常時できるものからもう一品。二品注文してからやっと息をつく。ここまでがいつもの,一連の動作である。つけっぱなしのテレビを眺めながら,突き出しでゆっくりとジョッキをあけ,あとは気分と腹具合に任せて焼酎と酒を飲むばかり。

 居酒屋に,一人で。最近ようやく,これが平然とできるようになった。なにしろ,学生の頃は飲むといったら誰かと一緒だった。そんなわけで,誰と話すでもなく一人でただ飲むというのは,はじめの頃はどうにも間がもたなくて,困った。最初はたしか,新宿のアイリッシュパブだったか。噂を聞いて新宿に出たついでに寄ったのだった。何を食ったかはおぼろげだが,そのときの所在なさは覚えている。周りで楽しそうに飲みながら話す人たちが,とても羨ましく,一人がよけいにつらく感じられた。それが今では,店に団体がいると煩いとまで感じるようになった。だから最近は,若い人がなるべく来ない,静かな店を選ぶ。この変わりようは面白い。

 かく書きながら,居酒屋修行もさすがに毎晩とはいかず,多くて週に3回までと決めてある。休肝日の左党には文章もよかろう。酒飲みの書くもので今のところ好きなのは掲題お二方である。

 しかし俺もまだまだだなあ,と,先達二人の本を読むとつくづく感じる。二人とも,どんどんと河岸を変え変え一人で飲み歩く達人である。飲み歩きのその途中,太田さんは薬局でユンケルを飲み,肝臓を思いやると言いながら,それでも次の店へ行く。ユンケルなぞ飲まなかった滝田さんは肝硬変で死んだ。あんまり飲むな,と身内からは諭されている。しかしなんだか,二人の飲み歩きには憧れる。

 聞いたところでは,居酒屋が好きな人には3種類いるらしい。うまい酒が好きな人(これはたいてい肴にもうるさい),酒や食い物はともかく酒場の雰囲気が好きな人,そして,ただただ深く酔うのが好きな人である。太田さんは酒好きの酒場好き,滝田さんは酔い好きだろう。なにしろ,「とにかく今夜は飲む,我慢して飲む!!」(「ガマンの酒」)という人なのだ。二泊三日で家にも帰らず飲み歩く人なのだ(「未だ覚めず」)。ガマンするくらいならさっさと家に帰れば,とは非情なお言葉,そんなことは本人百も承知で,盃に浮かんだうしろめたさをぐっと呑み干すのである。

 種類は違う酒飲みとはいえ,二人とも店に鼻が良く利くことではいっしょだ。知らない街を歩いていても,店構えだけで,ここぞというところにスッと入っていく。一人だから,気に入らなかったらすぐに立てるのも,いい。今時流行の,靴を脱いであがっていく個室居酒屋だとこうはいかない。一人で入りづらいし,肴2品の酒2合でおあいそ,というわけにもいかない。

 そうそう,二人とも,洋酒を飲ませる店,まあバーだが,それに詳しいところもいっしょだ。銀座の夜で長年鍛え上げた太田さんはさすがとして,滝田さんは山の上ホテルのバーに入り浸っている姿がよく描かれる(出版社が近いから,単にホテルにカンヅメにされているだけ,とも)。俺はこれが全然である。あの重たそうなドアを開ける勇気がない。しかしこれも一人飲みといっしょで,まあそのうち,と思っている。

024-アイルランドABC

キアラン・カーソン 栩木伸明(訳) 2004 琥珀捕り 東京創元社
テリー・イーグルトン 小林章夫(訳) 2002 とびきり可笑しなアイルランド百科 筑摩書房

 アイルランドはベルファストを代表する詩人にして音楽家,キアラン・カーソンと,イングランドはオックスフォードを代表する文学理論家にして小説家,テリー・イーグルトンとを並べた。この二人になにがしかの関係があるのか,よくは知らない。ただ同時代人である,ということは確かだ。そして,たまたまぼくが二人の書いた上記二冊を立て続けに読んだ,ということも確かだ。取り上げた二冊はともに,ABC26字を頭文字とする単語を,アルファベットに律儀に並べていき,それを章立てとする,という骨組みをもつ。しかし,骨組みが同じでも,文章の織りなしというか,調子というか,ともかくも,顔つきはだいぶ異なる。前者はいちおう小説であり,後者はいちおうガイドブックであるため,書店のどの棚に並べられるかも異なるのだが。

 カーソンは口承の伝統に寄り添い,音楽の形式にのっとって,物語の断片をまき散らす。「むかしむかし…」で始まる物語の登場人物が,また別の「むかしむかし…」を始め,さらにその登場人物が…といった具合。しかし最後には一番はじめの語り手に戻る。こうした入れ子と円環構造を評して,翻訳した栩木伸明氏は,ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』になぞらえる。そのジョイスをイーグルトンは,「アイルランドの主産業のひとつで,Tシャツ,夏期留学,パブのはしご,種々のがらくたと並ぶもの」で,「アイルランド随一の作家だという人もいれば,彼はアルバニア語で書いていたという人もいるし,さらには失読症だったという人もいる(pp.146-7)」と書く。うまい皮肉だとはまったく思わないが,この下手さ加減も含めて,アイルランドについて書くイーグルトンなのだろうと思う。

023-誤謬を防ぐ10のヒント

スティーブン・ロー 中山元(訳) 2003 フィロソフィー・ジム:「考える脳」をつくる19の扉 ランダムハウス講談社

 とある居酒屋。にぎやかに騒ぐ客を後目に,カウンターで静かに飲む女と男の後姿。ヘドバ(仮名)とダビデ(仮名)である。なお,以下の会話はフィクションであり,現実のヘドバさんやダビデさんとはいっさい関係ないことをお断りしておく。

ヘドバ(以下,ヘ)「神様っているのかな」
ダビデ(以下,ダ)「なに,突然」

 ダビデ,びっくりしてヘドバを見る。ヘドバの右手にはコップ酒,目は前方一点を見据え動かない。

ダ「当たり前だろう。いろんな人がいるって言ってる。ウチのオヤジも言ってたし」
ヘ「それはそうかもしれないけど,同じくらいいろんな人がいないって言ってる。ウチのお父さんはいつも神なんかいないって言ってた」
ダ「偉い宗教指導者が言ったとしても,神がいるかどうかという議論の内容とは関係ないわけか」
ヘ「そう。『(2) 権威による論拠』を前提に含めることは誤りだから」
ダ「なんだその,カッコニとか,カギカッコとか」
ヘ「気にしないで」

 ヘドバ,コップの中身をすいっと空ける。

ダ「でも,こないだ神様に願をかけながら馬券を買ったら,3レースも取れたよ。これはきっと,神様がいるから,じゃあないのか」
ヘ「そうかもしれないけど,やっぱりダメ。それは『(1) ポスト・ホック誤謬』ね。確かに,あなたが「神様に祈ったこと」は「予想が的中したこと」に時間的に先行していたけど,それだけでは神様が原因となって的中をもたらしたとは言えないの」
ダ「どういうこと?」
へ「だって,あなたが神様に「祈らなかった」場合にも的中したかもしれないし,「祈ったとしても」的中しなかったことだってあるかもしれない」
ダ「もちろん,オレの勘を信じたレースもあった。8レース目,それまでずっと勝ってた馬の番号が偶数だったから,次はきっと奇数だろうって3番の馬を」
ヘ「結果は?」
ダ「こなかった」
ヘ「最悪。勘も外れてるし,典型的な『(6) ギャンブラーの誤謬』を犯してるし」

 ダビデはふてくされて,板わさをつまみ,口の中に放り込んだ。

ヘ「さっきのあなたの推論をこう書いてみましょう」

 と言って,ヘドバは醤油に浸した割り箸の先で,カウンターの上に文字を書き始める。

ヘ「神様はいる。また,神様に祈ると中たる。ところで,祈ったところ的中した。ゆえに,神様はいる。ちょっとずるいところもあるんだけど,ひとまずこういう図式でいい?」
ダ「酒の席の話とは思えないけど,とりあえず,いいことにしておこう」
へ「この推論は,AならばB,ところでB,ゆえにAって形になってるの,わかる?」
ダ「うん?待て待て,そうか,そうみたい」
ヘ「でもこれって,『(8) 後件肯定の誤謬』って言うの。AならばB,ところでA,ゆえにBという形なら,推論としておかしくはないんだけど。この誤謬が起こるのは,AならばBだからといって,BならばAかどうかは分からない,というか,論理的にはどうでもいいからね」
ダ「どうでもいい?」
ヘ「4枚カード問題って知ってる?」
ダ「4枚のカードが並べられてて,見えてる面にはそれぞれA,B,5,6って書いてあって,それで,「表が母音なら裏は偶数かどうか」を確かめるために,めくらなきゃならないのはどのカードかって,あれだろう」
ヘ「…よく知ってるじゃない」
ダ「ここに書いてある」

 ダビデ,カウンターの下の棚につっこんであった鞄から,黒い表紙に白く大きなクエスチョン・マークが描かれた本を取り出す。

ダ「あれが問題だ,これも問題だって書いてあるけど,答えは一切出てこない本だ。これが答えか,って思って読むと,反論が用意されている。まったくイライラする」
ヘ「でも,問題を正しい形で指摘するだけでも大変なことだと思わない?何に答えればいいかが分かれば,えと,つまり,何が問題か,が分かれば,あとは答えまで解くだけ,一直線なんだから」
ダ「そうかもしれないけど。で,4枚カードは?」
ヘ「そうそう。あなたが出してくれた問題だと,めくらなきゃならないのは,Aと5ね」
ダ「どれどれ」

 ダビデ,本をペラペラとめくり,65頁を開く。

ダ「その通り。母音の裏が奇数だったら命題は正しくない。だからまずAをめくって確認しなきゃならない。これはよく分かる。次だ。奇数の裏が母音であっても命題は正しくないことになるから,めくるのは5だ。ところがたいていのヤツは,6をめくろうとする。偶数の裏が母音であっても,子音であっても,確かめようとしている命題にとっては,どうでもいいのに」
ヘ「そう,その「どうでもいい」ってのが,さっきのやつなの。ついでに言うと,6をめくりたがるのはどうも人の傾向らしいのね。でも,問題の形を変えると正解しやすくなるってデータもあるんだけど,ここでは,まあ,どうでもいいかな」
ダ「このページに書いてある,このことか。『(5) 正しさの確認』」
ヘ「仮説の正しさを示す証拠を探したくなる人が結構多いってこと。ホントは,仮説の誤りを示す証拠があるかどうかってことの方がずっと大事なんだけど」

 いささか専門的になってきたヘドバの話に飽きたダビデはコップの酒をくっと空けた。

ダ「おかわり,同じの」
店員「あいよ」
ヘ「こっちも」
店員「あいよ」

 カウンター向こうの店員,しゃぽしゃぽと一升瓶の中身をコップに注ぐ。いままで黙っていた店員,やおらカウンターに乗り出して口を開く。

店員「さっきの神様の話ね,どうも聞き捨てならないんだけど」
ヘ「なにが?」
店員「神様がいるかどうか,証明するのはなかなか難しいよ。それは分かる。でもね,神様がいないってことに,仮になったとしたら,世の中どうなる?」
ダ「そうそう,神様がいなけりゃ,道徳ってものがなくなる。そうするとだ,社会の規律もなくなる,そうなると,親の言うこともきかない,しまいにゃ,刹那的な生き方しかできない,そんな人間がいっぱい出てくることになるぞ」
店員「その通りだ。だから,神様が実在するかどうかはともかく,「いる」ってことにしておいた方がいいんだ」
ヘ「ちょ,ちょっと待って。まるで『(3) 滑りやすい坂』じゃない。神様がいなければ道徳心はなくなるってところの推論はともかく,その後の「そうなると」「そうすると」の繋がりはどういう根拠があってそう言えるの?」
ダ・店員「だって神様はいた方がいいに決まってるじゃないか」

 二人の声がハモった。とたん,ヘドバの眉と口が「ヘ」の字になった。

ヘ「そんな,訳の分からない,論点先取りの『(7) 循環論』は,ダ,メ,で,す」

 ダビデと店員,顔を見合わせる。ヘドバ,酒をすいっと空けると,二人をじっとにらんだ。

ヘ「おかわり」
ダ「聞いていいか」
ヘ「なに?」
ダ「そもそもなんで,神様がいるかどうかなんて聞いたんだ?」
ヘ「話を作るのが簡単だったから」
ダ「??」

 さて,上のお話は面白かっただろうか?それとも,悲しくなっただろうか?悲しくはないですよね。ってことは,面白かったってことですね。ああ,よかった!

ヘ「そーゆーのを,『(4) 偽りのジレンマ』っていうの」

 はっ。すいません。

022-子どもの言葉に耳をかたむけ

ルイス・キャロル 柳瀬尚紀(訳) 1976/87 シルヴィーとブルーノ 筑摩書房
Caroll, L. 1893 Sylvie and Bruno concluded

 ”Morning!” said the little fellow, addressing the remark, in a general sort of way, to the Chancellor and the waiters. “Doos oo know where Sylvie is? I’s looking for Sylvie!”

 妖精たちの国,アウトランド総督の息子,ブルーノが登場する場面である。お姉さんのシルヴィーを探している,と言っているのだが,どうも発音と文法がおぼつかない。しかし,翻訳に際しては,この「おぼつかなさ」を各言語から探さなければならない。ということは,その準備にあたっては,子どもの発言をすべて言語として認定し,独自の語法・文法を知らねばならないはずだ。通常我々が言語として認定するものは,書きことばというフィルターをいったん通過した語や語法であるが,子どもはそれにあるところでしたがい,あるところでしたがっていない(ように見える)からだ。なんのことはない,子どもの言語発達過程を調べてきた心理学の歴史そのものをもう一度たどり直すことではないか。言語の発達に興味ある人間は,ブルーノの論理と文法にこそ,目を向け,楽しむべきである。

 ブルーノは,口やかましく勉強をせっつくシルヴィーにこう言う。

 `I’ve learned a little tiny bit,’ said Bruno, modestly, being evidently afraid of overstating his achievement. `Ca’n’t learn no more!’
 `Oh Bruno! You know you can, if you like.’
 `Course I can, if I like,’ the pale student replied; `but I ca’n’t if I don’t like!’

 1832年にチェシャー州ダーズベリーで生まれたルイス・キャロル=チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンは,1898年に風邪をこじらせて息を引き取った。掲題2作は,彼が最後に書いた「子ども向け物語」である。キャロルと言えばアリス2作(Nursery Aliceを含めれば3作)だが,ここではあえて最晩年の作品に注目したい。どうもぼくには『シルヴィーとブルーノ』を書いたキャロルの方が,変な話だけど,よりキャロルらしいように思われるからだ。以下,話の都合上,『シルヴィーとブルーノ』を前編,『完結編』を後編と呼んでおく。

 前編の序文で,キャロルは子どものために再編集すべき書物として2つ挙げた。聖書とシェイクスピアである。聖書からは注意深く文章を抜き出し,そこに挿し絵をふんだんに入れる。実際彼は,文章と挿絵のレイアウトに,こういう言い方があるかどうか知らないが,こだわりにこだわる人だった(そのため,『アリス』では,ジョン・テニエルもマクミラン社もほとほと困った)。再編集された聖書を読む理由は,子どもたちを神の愛に浸らせることである。そして,シェイクスピアからは,子ども,特に少女にふさわしくない箇所を取り除く。大人の世界の難しい話は大きくなって好きなだけ読めばよい。書き手は,きちんと選り分けて読み手の程度に応じた良質の文章を届けるべきだ,というのが彼の意見だ。ここから透けて見えるのは,敬虔なキリスト者としてのキャロルである。前後編併せたこの『シルヴィーとブルーノ』は,ナンセンスと論理学と妖精物語のすべてを盛り込んで書かれた,彼ならではの福音書だった。

 シルヴィーはさらに,ブルーノに詰め寄る。

 Sylvie was arranging some letters on a board–E–V–I–L. `Now, Bruno,’ she said, `what does that spell?
 Bruno looked at it, in solemn silence, for a minute. `I know what it doesn’t spell!’ he said at last.
 `That’s no good,’ said Sylvie. `What does it spell?’
 Bruno took another look at the mysterious letters. `Why, it’s “LIVE”, backwards!’ he exclaimed.

 甥のスチュアート・ドジソン・コリングウッドによれば,キャロルは普段から子どもの言い回しに気を配り,これはと思うものをメモに書き付けていた。後編の序文でいくつかその手の内があかされている。本項で挙げた「もちろんできるよ,その気になればね。でもその気になれないんだ!」,「なんて書いてあるか分かる?」「なんて書いてないかは分かるよ!」もそのうちの2つ。いずれも,実際に子どもが使った言い回しだそうだ。

 ところで,現在日本で本として流通しているのは前編だけだが,後編を日本語に訳してくださった方がいる。お名前は知らないが,本項表題にリンクをはっておいたので,興味のある方は一読していただきたい。

 最後に一言。EVILとLIVEの翻訳をどうするか,ここがなかなか難しい。柳瀬尚紀がかつてある本の中で示した訳では,咎-各人。でもブルーノは小さいがゆえ,「各人」も読めないのでは?原文のブルーノは,ともかくも(逆さからでも)読めていた。1つの訳として,とんちき-きちんと。これは,先ほど紹介した某訳者氏のもの。うん,うまいと思う。

021-熱が意識をつくる?

中田力 2001 脳の方程式いち・たす・いち 紀伊國屋書店
中田力 2002 脳の方程式ぷらす・あるふぁ 紀伊國屋書店

 生理心理学の教科書には脳の解剖図が必ず出てくる。やはりそこでの花形は,信号伝達路としての神経細胞,いわゆるニューロンである。ところがどうも昔から脇役が気になっていた。ニューロン同士の間隙を埋めるものと考えられ,その通りの名が付けられた,グリア細胞である。グリアとは膠,つまり「のり」のことだ。教科書を眺めていた学生時代は,ニューロンという宝物を衝撃か熱かから守る梱包材のようなものとして,この細胞を見ていた。つまりは主役を引き立てる脇役のようなものだ。

 どうやら,グリア細胞は梱包材として機能するのは間違いない。しかしそれだけではないらしい。ニューロンとグリア細胞は,形態的・発生的にも,機能的にも,双子のきょうだいであり,それぞれいくつかがまとまって一つのユニットを形成するようだ。著者はこれを伊藤正男さんの言う「小脳チップ」になぞらえて,「大脳チップ」と呼ぶ。

 大脳チップの詳しい機序は述べないが,著者の主張で最も重要な点は,チップを機能させる媒質を電気信号だけではなく,熱にも求めた点である。熱エネルギーの非線形的な運動を精神機能の原理とするために,大脳チップというユニットで考えなければならないのだ。著者が脳の統一理論として提出した「渦理論vortex theory」も,流体の熱力学的な運動をメカニズムのベースに置いている。グリア細胞は,この流体,たとえば水やその蒸気,あるいは二酸化炭素を含むガスの調整役や通り道として機能しているのだという。

 大脳チップを機能的単位とすることによって,何がよいのだろうか?従来の神経生理学や認知心理学では,精神機能の実体をニューロンを伝わる電気信号に還元してきた。ところがこれだけでは,外部からの刺激がないような自発的賦活(たとえば沈思黙考のときの脳活動)が説明できない。なにより,「意識」というものが分からない。脳機能のリソースを「電気と熱」に求める渦理論は,熱エネルギーの定常的な流動をもって意識の正体とした。

 そもそも,電気も熱エネルギーに変換可能なのだ。現に私たちは電熱器など日常生活で電気→熱のプロセスを使いこなしているではないか。著者は,ニューロンの電気信号で熱が生み出されること指摘している。たとえば大脳の下にある中脳網様体は,入力側のシナプスに比べて出力側が極端に少ないことが知られている。行き場のない電気信号が熱となるならば,中脳網様体は恒常的な熱源として機能する。実際,この部位の障害(たとえば脳卒中)は意識障害を引き起こすのだ。

 意識は熱が作る!誰もが考えつきそうで,誰も考えつかなかった,素晴らしい仮説だ。さらに期待すれば,「ぼうっとする」「麻痺する」「酔っぱらう」といった覚醒の問題は,従来「目が覚めている状態」といったようになんだか寝ぼけたような定義しか与えられてこなかったが,熱を考慮に入れるならばずっとましな説明ができるかもしれない。

 それにしても,である。難しい話を難しく語るのは誰にでもできるし,やさしく語るのはそこそこの労力をかければなんとかできる。最も難しいのは,難しい話を面白く語ることだ。古くはファラデー,最近ではグールドやファインマンなどが,その点で一流のエンターテイナーだった。この系列に,中田力さんを入れてもよいと思う。ここで取り上げた二冊は,少なくとも僕にとっては,エンターテインメントとして成功していたのである。

020-ミミズに学ぶ発達心理学

チャールズ・ダーウィン 渡辺弘之(訳) 1994 ミミズと土 平凡社
エドワード・リード 細田直哉(訳)・佐々木正人(監修) 2000 アフォーダンスの心理学:生態心理学への道 新曜社

 「発達心理学」について説明してほしい,という学生からの要望があった。しかも90分で。そこで,本書を紹介することにした。子どもについての記述はまったく出てこないし,発達ということばすらまったく出てこない。しかし,発達心理学的な視点と方法はよく表れていると思う。

 『ミミズと土』は,ダーウィンの遺作である。原題は”The formation of vegetable mould, through the action of worms, with observations on their habits”。1881年に書かれ,ダーウィンはその翌年に死んだ。スティーヴン・ジェイ・グールドは,ダーウィン没後100年を記念するにあたり,『種の起源』ではなく本書を引き合いに出した。実はダーウィンは,1837年に土壌に関する論文を出して以来40年間,ミミズ学者だったのである。

 進化を観察することはできない。しかし,40年間の庭の土の変化ならば正確に調べることができる。ダーウィンは,1871年にある牧草地を垂直に掘り,断面を観察した。1842年に地表に撒いた石灰岩のかけらが断面のどこにあるか調べるためである。それは,1871年の地表の18センチ下にあった。30年間で地表に18センチの土が降り積もったのだろうか?しかし地表自体の高さは30年前と変わっていない(むしろ風雨により削られている)。ということは,石灰岩のかけらの下にあった土がその上に移動したと考えられる。ちょうど,温められた水が底から水面へと対流を起こすように,土壌は下から上へと循環しているのである。誰が動かすのか?ダーウィンは,ミミズの力だと結論した。

 ミミズは土を食べる。含まれる栄養分を吸収するためでもあるし,棲息する穴を掘るためでもある。食べたものは穴の外へ糞として排出する。地面を見ると,5ミリから1センチ程度の土の塔が,そこかしこにちょこちょこ突き出ているのに気づく。これがミミズの排出した糞塊である。このようにして,ミミズは深い部分の土を地表にもたらす。

 たかだかミミズの糞,とあなどってはならない。かつて地表に倒れていたストーンヘンジの巨岩が今日土に埋もれているのは,ミミズの力によるものだ。問題は,数と時間である。ダーウィンが用いた報告によれば,イギリスのある土壌には1ヘクタールあたり13万匹のミミズが棲息していると推測される。また別の報告によれば,1エーカー(約40アール)あたり,1年間で排出される糞の量は,14.6トンとなる。先の推計を用いれば,40アールにいるミミズはおよそ5万匹である。1年間で1匹が292グラムの糞をしたことになる。1つの糞塊の重さの平均をだいたい1オンス(=28グラム)とすると,10回の排泄でこの数値にたどり着くこととなる。確実に1年間で10回は糞をするだろうから,以上は見当はずれの計算だとも言えない。14.6トンの土が,1年間で掘り返されている!岩をも覆うわけだ。

 ダーウィンが愛したのは,わずかなことが積み重なることで,巨視的には大きな結果がもたらされる,というアイディアであった。珊瑚礁の形成,ミミズによる土壌改良,そして生命の表現型の変化。いずれも,ちょっとした変化の蓄積がもたらした結果なのだ。重要なことは,われわれは「わずかな変化」ならば観察できるということである。そして,このわずかな変化の膨大な反復によって大きな変化の生起が説明可能となる。進化は,生物個体が生まれて,子を作り,そして死ぬという観察可能な単位をもとに理論化されたのだった。現在,わずかな変化の反復から大きな変化を説明する議論を,主に地質学や古生物学においては,「斉一説」と呼ぶ。斉一説についてはいろいろと批判もある(かつては天変地異説,現在ではたとえばグールドらの断続平衡論など)。発達心理学の昔からの議論で言えば,発達とは量的な変化に還元できるのか(斉一説に対応),それとも質的な飛躍があるのか(多くの発達段階論がこれ)という対立に対応する。

 エドワード・リードは,このミミズの研究を用いて発達現象とダーウィンとのつながりを力説した。この議論は,東大の佐々木正人さんらが紹介している。実のところ,僕も佐々木さん経由でリードやダーウィンを知ったクチなのだ。さて,リードによれば,この研究から心理学者が学ぶべき点が3つある(pp.47-9)。

 第一に,単純なものごとほど,複雑であることを教えてくれる。ミミズは,土を食べながらトンネルを掘るが,その乾燥を防ぐためか,地表に開いた穴を落ち葉などでふさごうとする(ダーウィンが観察したミミズは,葉を口でくわえて穴に引き込もうとするらしいが,訳者の渡辺弘之さんによれば,日本の在来種にはこのような行動を示すものはいないそうだ。道理で見たことがないと思った)。これだけならば,いかにも遺伝的にプリセットされた行動を,きわめて安定した環境への単純な反応として示しているだけのように見える。しかし,単純な行動をすべて「本能」に帰すのは,ヒトについてある行為の原因を「スキーマ」や「内発的動機」や「意図」に帰してこと足れりとする心理学者の態度と同じである。説明すべき現象に新しい名前をくっつけて,分かった気になっただけで,説明になっていないのだ。ダーウィンは,「本能」に由来するものとされそうなミミズの行動のなかに,それでは説明しきれない残余を見いだした。落ち葉を穴に引き込む際に見られる,その形状による行為の再体制化がそれだ。これをかれは,「知能」と呼んだ。このように,単純だと思われる行動を丹念に腑分けする態度を,われわれは学ぶべきだと,リードは言う。

 第二は,データによる実証という態度である。葉を穴に引き込むミミズの行動について,ダーウィンはいやというほど実験を行なっている。ミミズは落ち葉のとがった側をくわえて穴に引き込みやすいことは,自然観察によるデータから明らかであった。葉の先がとがっていればそこを,柄の方がとがっていればそちらも,ミミズはくわえていたのである。そこでダーウィンは,底辺が他の二辺より短い二等辺三角形状に紙を切り,ミミズのいる土の上にばらまいた。(おそらく)自然界にはあり得ない(したがって遺伝的にはプリセットされていない)紙片にたいしてミミズが見せた行動は,落ち葉のそれとまったく同じであった。物体のどこをくわえるかが偶然に左右されていたならば,ミミズはとがった頂点側よりも三角形の底辺側の方を多くくわえるはずである(面積は底辺側の方が広いうえ,頂点の数も1つ多い)。しかし結果は,選択的にとがった頂点を穴に引き入れていたのだ。

 またダーウィンは,Vの字状をした松葉を利用するミミズを観察している。二股の先端を同時にはくわえることができないため,一方を穴に引き入れるともう一方は地表で引っかかる。穴を効率よくふさぐには,松葉の根本(つまり,V字の下部)をくわえた方がよいのである。実際,自然観察では根本から穴に引き入れられるケースがほとんどであった。そこでダーウィンは意地悪をして,二股の先端同士をのりでくっつけたり,糸でぐるぐる巻いたりした松葉をミミズの前に用意した。格好としてはV字からI字になったため,先端と根本のどちらをくわえてもよいはずである。ところが結果は,やはり根元から引き入れられた松葉の方が多かったのである。この結果からダーウィンは,松葉の根本にはミミズが好む何かがあるのだろうと予測した(それが何であるかまでは特定していない)。こうした実験に見られる一つ一つの工夫をこそ,心理学者は味わうべきである。先端をのり付けした場合,ミミズはその匂いや化学物質を嫌っているのかもしれず,続く実験で糸を用いるあたりなど,別の解釈可能性を慎重に一つずつつぶしていく実証科学の醍醐味だろう。

 最後の第三点としてリードが挙げたのは,環境とは何かということだ。ミミズは穴をふさぐという生活の必然性から落ち葉のある形を選択的に利用していた。少し言い換えると,物体の持つある性質は,生物の行動に利用可能である限りにおいて,かれらにとって意味があるものだ,ということである。生物と外界とのこのような関係性を,リードはギブソンに依拠してアフォーダンスとして概念化した。アフォーダンスという概念は,行動という大問題を解くのに有用であるがために,生き物の外界から「もの」として選択される情報を指す。ここで否定されるのは,あらかじめ「もの」が寄り集まって環境が形成され,生き物はその中をうごめくという図式である。むしろ,生き物がうごめいてはじめて何が環境であるかも決定されるのだ。このあたりのことを前田英樹にならえば,「問いの所与=環境となりうる何か」,「問題形成装置=生物」と言い換えられよう。アフォーダンスとはさしあたり「問い」である。ただし,「問い」とそれへの「解答」は一挙に形成されると前田は言う。外界から問いとしてのアフォーダンスが現われたとき,解答としての行動もまた現われる。両者は一挙に形成される,つまり同時に出現しなければならないのだ。ということは,何かを見る,あるいは何かを知る,というのは,外界にすでにある何かを受容すると言う表現ではおかしいことになる。むしろ,見るべき対象,知るべき対象が作り出されると言った方がより精確である。こうした知覚の能動性をどんな下等な生物にも-ミミズにすら-認めたのが,ギブソンであり,ダーウィンであったのだ。生物は決して刺激を受け止めるだけの機械ではないという主張がここにある。

 以上,少し長くなったが,発達心理学の説明を終える。僕が何を言いたいのか分からなければ,もっと発達心理学に深入りするべきである。きっと自分なりに分かることがあるはずだ。

019-動くものをつかまえるには

養老孟司・茂木健一郎 2003 スルメを見てイカがわかるか! 角川書店

 本屋に行って会計を済まそうとレジに並ぶと,カウンターに『バカの壁』が平積みに。それといっしょになって平積みにされていた一冊を抜き取り,「これもお願い」と店員に渡したのが,本書だった。ちなみに『壁』の方は,みなが読んでいるという理由でそもそも読むつもりがない。

 養老孟司と茂木健一郎が対談する。対談,と言うより,茂木氏は終始聞き手に徹していたような印象をもった。そのせいか,ううんとうなって線を引いた箇所はどれも養老氏の言であった。たとえば43-4頁。「『リンゴ』と言った時に,人間は外的なリンゴとイデアとしてのリンゴの両方があるのを知っているから,すでに単語そのものが二面性を持ってしまっている。ところが「内」とか「外」とか,「いる」とか「いない」とかという話は,その単語そのものがどうも二面性を持たないような気がするんですよね」。また,たとえば95頁。「僕はよく言うんですけど,受け継がれていくのは,ある形,形式なんです。考えてみれば,言語はまさにそうなんですよね」。そして108頁。「田舎に暮らしている限り,目の前の自然から逃げられないんですよ。原理主義になっている閑がない。ところが都市に入っちゃうと,全部が人間の意識になってしまう。そうすると,そのなかで一番強いのが原理主義なんですよ」。しかし,聞き手がよくなければ,語り手はのりきれない。同業者から「あいつはとうとう…」と後ろ指さされるような仕事をされてきたかれら二人,通じるところは十二分にあるようだ。(この,「あいつはとうとう…」という表現は,たとえば茂木氏による養老氏評「覚悟の科学者」の言い換えである。)

 さて,先の一つ目の引用は指示と対象の問題であり,二つ目は形式と共有の問題である。どちらも言語を問いの対象としたときにどうしようもなく浮かび上がる難問。一方で,最後の引用は別のテーマに引っかかっている。聞き手と語り手はこのようにも言い換えている。「茂木 生きているものは,止められないということですね。 養老 止められないですよ。常に動いてしまうんだから,解剖のように,そのかたちをはっきりと見極めようとするアプローチとは相性が悪いんです。生きている物を扱ってるのと,死体を扱っているのでは,なにかが根本的に違うんですよ。要するに死体はスルメだというわけです(p.130)」。

 言語化は,生きて動く自然を記述する固定化の方向であるが,これは原理主義へ続く道。固定化から常にはみ出し続ける生命という現象を相手に,みずからの生活形式を整える田舎の人間は,とうてい原理主義にはなりようがない。つまりは,言語と生命およびそれらの立ち上がり方が,本書の底を流れる問いなのである。

018-唄い継がれる

木村聖哉 1987 添田唖蝉坊・知道:演歌二代風狂伝 リブロポート

 1995年1月,震災直後の街にソウル・フラワー・モノノケ・サミットが姿を見せ,あちこちの避難所を訪れては唄った。拡声器を通して神戸に『復興節』が流れた。『復興節』はかれらのオリジナルではない。1923年9月の東京にも唄う者がいた。関東大震災に焼け残った日暮里の横丁でバイオリンとともに唄う『復興節』に,疲れ,そして不安に沈む街のひとびとは,じっと聞き入っていた。当の唄い手は後日こう回想する。「人は,どんな悲境の底にいても,歌は欲している,ということを,思い知らされたのである」(p.135)。震災に遭った二つの街に時を隔てて流れたこの唄の作者は添田さつき,実の名を知道という。

 1902年,添田平吉とタケの間に知道は生まれた。父親のことは添田唖蝉坊と呼んだ方が通りよいかもしれない。演歌師をしていた。

 演歌とは政談にメロディをつけたもの,つまりは「演説歌」の略である。明治初期に街辻でがなられた壮士演歌にはじまり,それを生業とする者の裾野も広がって書生演歌が起こった後,ラジオや新聞の普及とともに消滅した俗謡の一形式である。川上音二郎『オッペケペ節』も演歌のひとつだった。

 歌詞には政局にたいする批判とともに,民衆の暮らしやかれらの不平不満がユーモラスに唄い込まれた。唖蝉坊はこれを作るのが上手かった。「トコトットット」で囃す『ラッパ節』は替歌が作られるほどだった。これは現在,唖蝉坊自身が堺利彦の依頼で書き下ろした『社会党ラッパ節』の歌詞のほうが元唄よりも知られる。

 こうした父親の陰にあって,知道の名もやはり「演歌の生き字引」として引き合いに出される。しかし彼自身は,作家をみずからの生業としていた。作家としての知道について,本書は後半を用いて勢いよく描いていく。日本歌謡史というコンテクストで語られる姿はあくまでも演歌師の息子,あるいは自身『復興節』『東京節』の唄い手であった。しかし,病床にあってなお小説『教育者』と苦闘していたというエピソードは,演歌と小説という違いを越え,社会に対して表現し続けた人という統一的な像を示してくれる。

 1955年11月,浅草寺境内に唖蝉坊顕彰の碑が建てられた。その除幕式には尾崎士郎が立った。碑は今もなおひっそりとある。1980年,息子知道が逝った。その筆塚は父の碑の隣にある。

 ソウル・フラワー・モノノケ・サミットの話に戻ると,現在,この名義で『アジール・チンドン』『レヴェラーズ・チンドン』という二枚のCDを聴くことができる。民謡とはいったいなんだったのか,1923年の日暮里で演歌師の配る歌詞をわれもと求めた市井の欲望とはいったいなんだったのか。考える手がかりである。

017-4月1日のために

ハラルト・シュテンプケ 日高敏隆・羽田節子(訳) 1987/99 鼻行類:新しく発見された哺乳類の構造と生活 平凡社

 発見はいつも島から。ガラパゴスはダーウィンにとって,決定的ではないにせよ,よいヒントになった。そして生物学者シュテンプケは,太平洋上のハイアイアイ諸島のみに住む「鼻行類」の系統発生過程に関する仮説を1冊のモノグラフにまとめた。

 鼻行類についてざっと説明しよう。哺乳類中の一目(鼻行目Rhinogradentia)であり,原書出版当時確認されていただけで14科189種が含まれる。いずれも鼻器(Nasarium),すなわち鼻が特殊な機能を担う点で特徴があり,系統分類も鼻器の形態と機能に基づいてなされる。鼻器の数により単鼻類と多鼻類に分けられるが,系統発生的には単鼻類の方が古いようだ。始祖はムカシハナアルキだと考えられている。現存するヘッケル(!)ムカシハナアルキは,通常四肢を用いて歩行するが,昆虫を補食する際など,その大きな鼻器だけを用いて身体を支える。ちょうど,鼻で逆立ちをしたような姿になる。ここから,鼻器をそれこそ手足のように用いるかれらの生活スタイルが始まったと考えられている,いや,いた。

 生息する環境で見ると,陸棲はもとより,水棲のもの(ラッパハナアルキなど)もいれば,土中に穴を掘って暮らすもの(モグラハナアルキ)もいるし,果ては空中を飛翔するもの(ダンボハナアルキ)までいる。すなわち,ハイアイアイ諸島において考え得るすべての生態的ニッチは鼻行類によって占められていたのである。(他に目立つ哺乳類としては,トガリネズミの一種と,ヒトがいるくらいだった。)

 1957年に「あとがきを書いた」ゲロルフ・シュタイナーによれば,これらユニークな生態をもつ鼻行類は,研究資料とともに忽然と陸上から消えてしまったという。洋上の核実験が起こした地殻変動により,島もろとも海中に没したのである。むろん,現地で調査にあたっていたシュテンプケ自身も(生前シュテンプケがシュタイナーに手渡していた本書の原稿が鼻行類について残された記述の唯一のものらしい)。したがって,鼻行類が絶滅に追い込まれたのは,まったくの偶然だったわけである。決して,鼻を使うことが生存闘争の上で不利だったから,などという分かったような分からないような理由によってではない。少なくとも,「デザインが適応的ではなかったから」という理由は,鼻行類においては該当するとは言えない。

 ここまでの話を信じるかどうかはともかく(少なくとも「鼻行類などいなかった」とは言えない),哺乳類の1種族が,ここまでの生態的多様性を呈するにいたるまでの分化過程の説明は,おおよそ納得がいく。シュテンプケは,生命進化のフォーマットには忠実であった。生命進化のフォーマットが,鼻で体を支えるというムカシハナアルキの生き方を出発点としたとき,果たしてどのような形態が生まれるのか。この問いへの答えが,本書である。もう一度言う。われわれヒトという生物種を産んだのとまったく同じ生物進化のアルゴリズムに,鼻を使うことという初期項をぶち込んだときにはじき出された正確この上ない解答が,鼻行類という生命の現象なのである。この意味で,本書はまったく正しい。

016-一回性をめぐる科学

スティーヴン・ジェイ・グールド 渡辺政隆(訳) 1989/2000 ワンダフル・ライフ:バージェス頁岩と生物進化の物語 早川書房
八杉龍一(編訳) 1994 ダーウィニズム論集 岩波書店

 生命の進化を観察することはできない。ただ状況証拠のみ取りそろえ,それらをつなぐ糸を頭の中で考えることしか,われわれにはできない。その糸をつなぐ思考回路を,進化論という。

 また,進化を実験することはできない。ヘッケルはこのように言う。「進化論のために精密な,あるいは完全に実験的な,証明を要求するのは,まったく不当なことなのです」(1877年の講演「綜合科学との関係における現代進化論について」より。八杉(編訳) p.128)。実験は事象が再現することをもって仮説の証明とする。一方で進化論は,歴史の一回性を前提とする。グールドが強調するのはこの点で,かれはそれを「偶発性」と呼ぶ。生命がたとえばヒトのような形態をとるにいたったのは偶然の積み重ねであり,ちょっとしたタイミング次第ではありえなかったかもしれないのだ。このタイミング自体は必然的である(たとえば地球と隕石との衝突は十分に予測できる)。したがって現在われわれが見る生物の世界とは,言うならば必然と必然の間にある偶然が紡いだ糸の末端なのである。

 古生物学では,生物のいた痕跡が見つかるのは,とある地質年代よりも新しい地層からだというのが常識なのだそうだ。境界に当たるのがカンブリア紀で,わずか(!)500万年から1000万年の間に現在の生物門のほぼすべてが出揃った。生物の分類はおよそそのデザインにもとづいてなされる。ゆえに生命はこの時期考え得る限り体のつくりを試したと言える。その中には,どうやら現在ではお目にかかることのできないデザインもあったらしい。カナダ,ブリティッシュ・コロンビア州を貫くロッキー山脈の尾根で1909年に発見されたバージェス頁岩(けつがん)が,すでに消滅したこれらのデザインをスケッチしていてくれたことから分かった。

 グールドの文庫本の表紙に,そのデザインの例が描かれている。5つ目とゾウのように長くのびた口吻,そして体側に並んだ鰓のような足のようなもの。オパビニアだ。そしてもう一体,ナメクジのような体の下から伸びた左右10対の足と,背側から突き出た7対の角のようなもの。ハルキゲニア。物珍しさから,バージェス頁岩の生物のうちでも人気の高いかれらは,どうやら形態的な子孫を残さなかったらしい。

 その理由は分からない。だが少なくとも,デザインが適応的でなかったからという理由は,誤りでないにせよ不適切である。われわれは生き残った生物種について「適応」ということばを使うのであって,それは生き残ることと同義である。それにしても,と思うのだが,ウニは今もいるのに,同じく棘のようなものがあるハルキゲニアはもういないのだ(いないかどうかは分からない。発見されていない,というだけかもしれない)。

 そう,そのハルキゲニアだが,表紙の絵と,本文中に挿入されているマリアン・コリンズの絵をよく見比べてほしい。上下が反対だと気付くはずだ。訳をした渡辺政隆さんのあとがきを読むと分かるように,ハルキゲニアについて最初のモノグラフを書いたコンウェイ・モリス以後,足だと思われていた棘が,実はそうではなかったと報告されたらしい。表紙の絵は,おそらくそうした学説の変更に基づくのだろう。

 いろいろな書評が出ているが,いずれもコンウェイ・モリスの「カンブリア紀の怪物たち」(講談社現代新書から訳が出ている)を併読するよう薦めている。しかし,ぼくが薦めるなら,次に紹介する本にしたい。