滝田ゆう 1995 泥鰌庵閑話 上・下 筑摩書房
太田和彦 1997 ニッポン居酒屋放浪記 立志編・疾風編・望郷編 新潮社
日が西に傾いた時分から,どうも体がそわそわっとしてくる。一仕事,切りの良いところで片づけて,残りは明日明日と,研究室の鍵をかける手ももどかしく。足は自然,地下鉄の駅へと向かう。
「いらっしゃい,ああ,どうも」
行きつけの飲み屋はビルの地下に潜ったところにある。重い引き戸を開けるとカウンターの向こうから鋭い目をした主人が威勢良く声をかけた。ここでは自分はまだ若造,カウンターの一番入り口に近いところを下座と勝手に決めて自分の席にしている。バイトの兄ちゃんからおしぼりを受け取って,サッポロクラシック(ジョッキで350円,安い)を頼む。それからおもむろに品書きに目を通す。品書きは,常時できるものと,仕入れに合わせて作る時期のものの,2種類ある。まず,日替わりから。ちょっと前まではホヤ刺ばかり頼んでいた。おお,ジャガバタ塩辛があるではないか。ふかしたイモに塩辛をあわせる食べ方は聞いてはいたが,なかなか家では作らない。これ頼もう。あとは常時できるものからもう一品。二品注文してからやっと息をつく。ここまでがいつもの,一連の動作である。つけっぱなしのテレビを眺めながら,突き出しでゆっくりとジョッキをあけ,あとは気分と腹具合に任せて焼酎と酒を飲むばかり。
居酒屋に,一人で。最近ようやく,これが平然とできるようになった。なにしろ,学生の頃は飲むといったら誰かと一緒だった。そんなわけで,誰と話すでもなく一人でただ飲むというのは,はじめの頃はどうにも間がもたなくて,困った。最初はたしか,新宿のアイリッシュパブだったか。噂を聞いて新宿に出たついでに寄ったのだった。何を食ったかはおぼろげだが,そのときの所在なさは覚えている。周りで楽しそうに飲みながら話す人たちが,とても羨ましく,一人がよけいにつらく感じられた。それが今では,店に団体がいると煩いとまで感じるようになった。だから最近は,若い人がなるべく来ない,静かな店を選ぶ。この変わりようは面白い。
かく書きながら,居酒屋修行もさすがに毎晩とはいかず,多くて週に3回までと決めてある。休肝日の左党には文章もよかろう。酒飲みの書くもので今のところ好きなのは掲題お二方である。
しかし俺もまだまだだなあ,と,先達二人の本を読むとつくづく感じる。二人とも,どんどんと河岸を変え変え一人で飲み歩く達人である。飲み歩きのその途中,太田さんは薬局でユンケルを飲み,肝臓を思いやると言いながら,それでも次の店へ行く。ユンケルなぞ飲まなかった滝田さんは肝硬変で死んだ。あんまり飲むな,と身内からは諭されている。しかしなんだか,二人の飲み歩きには憧れる。
聞いたところでは,居酒屋が好きな人には3種類いるらしい。うまい酒が好きな人(これはたいてい肴にもうるさい),酒や食い物はともかく酒場の雰囲気が好きな人,そして,ただただ深く酔うのが好きな人である。太田さんは酒好きの酒場好き,滝田さんは酔い好きだろう。なにしろ,「とにかく今夜は飲む,我慢して飲む!!」(「ガマンの酒」)という人なのだ。二泊三日で家にも帰らず飲み歩く人なのだ(「未だ覚めず」)。ガマンするくらいならさっさと家に帰れば,とは非情なお言葉,そんなことは本人百も承知で,盃に浮かんだうしろめたさをぐっと呑み干すのである。
種類は違う酒飲みとはいえ,二人とも店に鼻が良く利くことではいっしょだ。知らない街を歩いていても,店構えだけで,ここぞというところにスッと入っていく。一人だから,気に入らなかったらすぐに立てるのも,いい。今時流行の,靴を脱いであがっていく個室居酒屋だとこうはいかない。一人で入りづらいし,肴2品の酒2合でおあいそ,というわけにもいかない。
そうそう,二人とも,洋酒を飲ませる店,まあバーだが,それに詳しいところもいっしょだ。銀座の夜で長年鍛え上げた太田さんはさすがとして,滝田さんは山の上ホテルのバーに入り浸っている姿がよく描かれる(出版社が近いから,単にホテルにカンヅメにされているだけ,とも)。俺はこれが全然である。あの重たそうなドアを開ける勇気がない。しかしこれも一人飲みといっしょで,まあそのうち,と思っている。