キアラン・カーソン 栩木伸明(訳) 2004 琥珀捕り 東京創元社
テリー・イーグルトン 小林章夫(訳) 2002 とびきり可笑しなアイルランド百科 筑摩書房
アイルランドはベルファストを代表する詩人にして音楽家,キアラン・カーソンと,イングランドはオックスフォードを代表する文学理論家にして小説家,テリー・イーグルトンとを並べた。この二人になにがしかの関係があるのか,よくは知らない。ただ同時代人である,ということは確かだ。そして,たまたまぼくが二人の書いた上記二冊を立て続けに読んだ,ということも確かだ。取り上げた二冊はともに,ABC26字を頭文字とする単語を,アルファベットに律儀に並べていき,それを章立てとする,という骨組みをもつ。しかし,骨組みが同じでも,文章の織りなしというか,調子というか,ともかくも,顔つきはだいぶ異なる。前者はいちおう小説であり,後者はいちおうガイドブックであるため,書店のどの棚に並べられるかも異なるのだが。
カーソンは口承の伝統に寄り添い,音楽の形式にのっとって,物語の断片をまき散らす。「むかしむかし…」で始まる物語の登場人物が,また別の「むかしむかし…」を始め,さらにその登場人物が…といった具合。しかし最後には一番はじめの語り手に戻る。こうした入れ子と円環構造を評して,翻訳した栩木伸明氏は,ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』になぞらえる。そのジョイスをイーグルトンは,「アイルランドの主産業のひとつで,Tシャツ,夏期留学,パブのはしご,種々のがらくたと並ぶもの」で,「アイルランド随一の作家だという人もいれば,彼はアルバニア語で書いていたという人もいるし,さらには失読症だったという人もいる(pp.146-7)」と書く。うまい皮肉だとはまったく思わないが,この下手さ加減も含めて,アイルランドについて書くイーグルトンなのだろうと思う。