中田力 2001 脳の方程式いち・たす・いち 紀伊國屋書店
中田力 2002 脳の方程式ぷらす・あるふぁ 紀伊國屋書店
生理心理学の教科書には脳の解剖図が必ず出てくる。やはりそこでの花形は,信号伝達路としての神経細胞,いわゆるニューロンである。ところがどうも昔から脇役が気になっていた。ニューロン同士の間隙を埋めるものと考えられ,その通りの名が付けられた,グリア細胞である。グリアとは膠,つまり「のり」のことだ。教科書を眺めていた学生時代は,ニューロンという宝物を衝撃か熱かから守る梱包材のようなものとして,この細胞を見ていた。つまりは主役を引き立てる脇役のようなものだ。
どうやら,グリア細胞は梱包材として機能するのは間違いない。しかしそれだけではないらしい。ニューロンとグリア細胞は,形態的・発生的にも,機能的にも,双子のきょうだいであり,それぞれいくつかがまとまって一つのユニットを形成するようだ。著者はこれを伊藤正男さんの言う「小脳チップ」になぞらえて,「大脳チップ」と呼ぶ。
大脳チップの詳しい機序は述べないが,著者の主張で最も重要な点は,チップを機能させる媒質を電気信号だけではなく,熱にも求めた点である。熱エネルギーの非線形的な運動を精神機能の原理とするために,大脳チップというユニットで考えなければならないのだ。著者が脳の統一理論として提出した「渦理論vortex theory」も,流体の熱力学的な運動をメカニズムのベースに置いている。グリア細胞は,この流体,たとえば水やその蒸気,あるいは二酸化炭素を含むガスの調整役や通り道として機能しているのだという。
大脳チップを機能的単位とすることによって,何がよいのだろうか?従来の神経生理学や認知心理学では,精神機能の実体をニューロンを伝わる電気信号に還元してきた。ところがこれだけでは,外部からの刺激がないような自発的賦活(たとえば沈思黙考のときの脳活動)が説明できない。なにより,「意識」というものが分からない。脳機能のリソースを「電気と熱」に求める渦理論は,熱エネルギーの定常的な流動をもって意識の正体とした。
そもそも,電気も熱エネルギーに変換可能なのだ。現に私たちは電熱器など日常生活で電気→熱のプロセスを使いこなしているではないか。著者は,ニューロンの電気信号で熱が生み出されること指摘している。たとえば大脳の下にある中脳網様体は,入力側のシナプスに比べて出力側が極端に少ないことが知られている。行き場のない電気信号が熱となるならば,中脳網様体は恒常的な熱源として機能する。実際,この部位の障害(たとえば脳卒中)は意識障害を引き起こすのだ。
意識は熱が作る!誰もが考えつきそうで,誰も考えつかなかった,素晴らしい仮説だ。さらに期待すれば,「ぼうっとする」「麻痺する」「酔っぱらう」といった覚醒の問題は,従来「目が覚めている状態」といったようになんだか寝ぼけたような定義しか与えられてこなかったが,熱を考慮に入れるならばずっとましな説明ができるかもしれない。
それにしても,である。難しい話を難しく語るのは誰にでもできるし,やさしく語るのはそこそこの労力をかければなんとかできる。最も難しいのは,難しい話を面白く語ることだ。古くはファラデー,最近ではグールドやファインマンなどが,その点で一流のエンターテイナーだった。この系列に,中田力さんを入れてもよいと思う。ここで取り上げた二冊は,少なくとも僕にとっては,エンターテインメントとして成功していたのである。