集中講義

 31日から本日2日にかけて、大学院の集中講義に佐々木正人先生がいらっしゃいました。

 佐々木先生と言えばアフォーダンス。いろいろと日頃より募る疑問もあったのですが、仕事柄裏方に徹することが多く、ろくすっぽお話しせぬまま終わってしまった感じです。

 今回の講義は、最新の著作『ダーウィン的方法』および『動く赤ちゃん事典』の紹介を中心に進められました。

 ダーウィン的方法とは、理解できた範囲で端的に申し上げれば、行為によってなぞられる輪郭をもって環境を描くための方法です。

 たとえば階段とは常識的には上階に移動するための通路ですが、そのほかにもいろいろと使い道があります。座ることもできるし、ひな飾りのように物を並べて飾ることもできます。このように、ふだん私たちが簡単に「階段」と言って済ませる環境が、行為によって多様な仕方で利用されていることが分かります。この仕方をできるかぎり列挙することが、とりあえず現時点で佐々木先生の取っている生態心理学へのアプローチであり、それをダーウィン的方法と呼んでいる、と理解しました。

 『動く赤ちゃん事典』の紹介もありましたが、なかにこんな映像がありました。

 10か月の男児が、いっしょうけんめい冷蔵庫の脇にある棚の引き出しから、調味料やら小麦粉の袋やらを取り出している。「何をしているんだろう?」と見ていると、中の物を取り出すのをやめて、やおら立ち上がり、引き出しの縁に手をついて片足をあげようとしている。どうも、引き出しの中から物が出されて空いたスペースに、自分の体を入れようとしているらしい。

 こんなことは、小さな子どもを見ているとよくあるわけです。そのたびに、「なんでこんなことをするんだろう?」と不思議に思います。はたまた、「なんでこんなこともできないんだろう?」と考えることもあります。たとえば、おとなしくごはんを食べるとか。

 しかし、佐々木先生のアプローチからするなら、小さな子どもの行動からわたしたちが感じることとは、「人間って、こういう環境に出会ったとき、こんなこともできるんだ」という驚きなのだと言えます。

 佐々木先生がおっしゃっておられましたが、環境とは「ある-ない」の世界ではなく、「ある」しかない世界です。「ない」のない世界なのですね。当たり前ですが、このことは人間の認知発達を考えるとき、絶望的なほどに重要です。

 人間の行為もそうで、「なんでできないんだろう」「なんでこんな(アホな)ことをするんだろう」と、ついつい陥りがちなこれらの思考スタイルは、言ってみれば、人間の行為に欠損を見ているわけですね。そうではなく、常に肯定形で行為を記述することが、私たちの住む世界によりそった方法と言える。肯定形ですから、人間のやってしまった行為群はいずれもすべて対等に記述されるべき価値を持つ。だから羅列的にどうしてもなってしまう。事典製作プロジェクトは、赤ちゃんの行為を「とにかくたくさん集める」というところから出発したのだそうです。

 おもしろい方法だと思います。特に共感を覚えたのは、否定形のない世界(これがギブソンの言うリアリズムの一面だと思います)に私たちが住んでいるというところ。そして言語心理学的に面白いのは、そうした世界に住みながら、言語的には否定形を用いているという事実です。

ファン誕生か?

 本日はオープンユニバーシティ。高校生を中心とした一般市民に大学を開放し、広く研究の成果や大学生活のあらましを知らせる日である。私は学部のなんちゃら委員をおおせつかっているので、オープンユニバーシティにもかり出される。日曜の朝から妻子を残し出勤する哀れ父親よ。

 わが学部では、午前と午後で同じプログラムを2度やることになっている。私が担当するのは学部のカリキュラムやゼミについて30分で紹介するというもの。先日の一日体験入学ですでに話をしているので、だいぶ楽ではある。

 例年平日か土曜に行なっていたこの企画だが、今年は日曜の開催となった。そのためかどうか知らないが、午前午後合わせて250人を越す参加者があり、大盛況とあいなった。

 どうしても学生の関心は心理学に向きやすい。質疑応答でも「臨床心理士になるには」「心理系を卒業した後の就職先は」といった質問が出た。そうした質問が出るのは想定内なので、私と同じなんちゃら委員の先生方は「心理もよろしいが、高校生のいまから目標をしぼるのではなく、アンテナを幅広くしていろいろな勉強をしてみるのがよろしかろう」と諭す。大人である。

 休憩時間中に、ある女子高校生が私の方に接近してきた。

 「あの」
 「はい」
 「名刺をいただけますか?」
 「はい?」

 私のつたない学部紹介を聞いて、ファンになってくださったか?と一瞬色気が出た。まさか名刺を使うことになるとは思わなかったので、名刺入れをあいにく持ってこずにいた。さいわい、非常用に財布に何枚か忍ばせていたのでそれを渡す。

 「こんなものでよければ」
 「ありがとうございます」

 こころなしかその女子高校生の目は潤んで見えた。

 しかし解せぬ話ではある。なぜ名刺か?そこで、すぐそばで一部始終を見ていた事務の方に、なんだったんでしょう、今のは、と尋ねる。事務の方の話によれば、どうやらとある高校ではオープンユニバーシティへの参加も授業の一環らしく、参加したという証拠に教員から名刺をもらってくることが義務づけられているのだそうだ。あとから数人、同じように名刺をもらいに来たのがいた。

 なーんだ。勘違いしそうになっちゃったよ、おじさんは。

 しゃべり疲れ、立ち疲れ、ヘロヘロになって夕方帰宅。アマネは今日も元気でした。

前期終了

 今週水曜で非常勤2つが終了。ひとつはレポートだが、もうひとつの方は試験を来週に行なう。採点を8月頭に終わらせて、ようやく肩の荷がおりる。もうひとふんばり。

 終了後、北大にとんぼ返り。坂元忠芳先生が来校され、セミナーを開くとの情報を受け、それに参加するため。3時から始まっていたので、途中からの参加とあいなった。

 先生のご尊顔は初めてお見かけしたのですが、まあお元気な方でした。しかし70を越えてらっしゃると思うのですが、いまだにバリバリと本を読みこなしているところがすばらしく、我が身の無知に恥じ入って話しかけることはできませんでした。

 豆知識。どうも先生的には、ユングが来る、らしい。

ちょいとびっくり

 空には雲があつくかかり、しかし晴れ間から強い日差しが降る、じっとりとした陽気。札幌でも、年に数日はこんな日がある。

 研究室で学部の雑用にかかっていると、扉をこんこんとノックする音が。

「こんにちは~」と顔を出したのは、も、茂呂先生?大学院での師匠である。

 奥様が北海道のお生まれで、二人で里帰りに来ていたのだそうな。奥様はこちらに残り、先生だけ今日8時の便で東京へ発つとのこと。大きな荷物から深川名物ウロコダンゴが取り出され、「おみやげです」とくださった。

 ちょいとびっくりした。先に言ってくれればいいのに。

 佐藤先生とともに構内のレストラン、エンレイソウで食事。筑波大の最近の様子などをうかがう。ちょっとショッキングな、しかしある程度想定内のニュースを聞いた。うーーーーむ、ぼくが学生のときから噂は聞いていたが。

 茂呂先生を見送り、ふたたび仕事に取りかかる。しかし暑いのでうじうじしながらである。

 本日は幼児園では年長さんがお泊まり会をすることになっている。午前中に円山に登り、動物園を散歩した後、園に戻ってからみなで近くの銭湯に行ってきたようだ。

 夕食はカレーとざるそばとざるラーメン。ちょっとお相伴にあずかる。子ども用のカレーの甘さもなかなかよろしい。

 かれらはこれからキャンプファイヤーと花火とくらやみさんぽと映画鑑賞をするとのこと。みんな、超が3つくらいつくほど興奮している。上気した顔をうしろに、帰路につく。

 帰りの地下鉄は浴衣姿の若い奴らでいっぱい。どうも豊平川あたりで花火があるようだ。

 団地の5階の我が家にたどり着き、ベランダから北の方を眺めてみると、打ち上げ花火の大輪がはるか夜空に浮かんで消えた。

怒鳴る度

 卒論やら調査やら会議やら非常勤やらアマネとの遊びやらで忙しく立ち回っているうちに七月になった。茫然である。

 昨夜は非常勤先の試験問題を徹夜で作成した。どろんとした眠い目でその非常勤先で講義を始めようとするとざわざわと相変わらずうるさい一角があり、思わず「うるせえな、静かにしなさい」(原文ママ)とマイク越しに怒鳴った。

 このあいだは、卒論生が「こうすればいいですか、ああすればいいですか」と研究の進め方についてあんまりにも人任せにするので「いちいち聞くんじゃねえ」(原文ママ)と怒鳴った。

 どうも気持ちに余裕がなく、怒鳴る度が高まっている気がする。いかんなあ。

卒論決起集会

 と称して、卒論を見ることとなった4年生とともに飲みに行った。今年面倒見るのは3名。メグくん、タヤくん、ワーさん。いずれ劣らぬ壮士である。

 「なに食いたい?」と聞くと、メグくんは「焼き鳥食いたいッス」とのこと。OK、ではあそこへ行こう。

 てな感じで北大正門前の鳥源へ。4人で鳥串36本食い尽くした上、野菜串もたらふく。

 OK、じゃあ河岸をかえて日本酒をがんがんと飲もう。

 てな感じで札幌駅北口の味百仙へ。

 ここは札幌一日本酒のそろえがよろしいと言われている。私は、(確か)早瀬浦、東洋美人など4杯を飲んだ。

 ここで卒論夏合宿を決行することを謀議する。いわく、「韓国は日本より安い」「新幹線に乗りたい」「知床はよい」などなど、候補は挙がったが、結局のところ、大滝で温泉に浸かりながらというセンで固まった。ジャンケンで負けたタヤくんが幹事である。よろしく。

一日体験入学

 土曜日には私の所属する学部で高校生向けに一日体験入学なるものが開かれた。中身は、大学生活の説明とゼミの体験である。市内からの参加が大半だったが、道内(旭川や静内、函館など)や青森、三重からも参加者があった。今年は例年よりも少し人数が増えたようだった。

 私は体験入学を取り仕切る委員というものになっていて、今回は大学生活の説明をするという大任をおおせつかっていた。説明にはパワーポイントを使うのだが、そのファイルを昨年担当された先生から受け継いでいたので、今年度向けに少し修正を入れるだけで済んだ。金曜の夜まで、準備は万全であった、はずだった。

 体験入学当日の朝、妻の叫び声に目を覚まし、時計を見ると午前8時半。体験入学の開始が9時。我が家から大学まで、地下鉄で最低でも30分かかる。

 ?!

 飛び起きるなり4分で支度をして地下鉄駅に走り込んだ。幸い、すぐに列車がホームに入ってきた。学部の事務に電話してみるが、走っている車内なので圏外で切れてしまう。こういうときの10分は本当に長く感じられる。やきもきしながら吊り広告を見上げてなんとか落ち着こうとする。

 さっぽろにて東豊線から南北線に乗り換え。ノートPCを小脇に抱えて構内をダッシュ。ふだん鍛えていないツケであるが、すぐに息が上がる。ホームにたどり着くと、これまた幸いなことに、すぐに列車が滑り込んだ。

 大学そばの駅から会場まで、これまたダッシュ。死にそうである。このとき、すでに時計は9時を過ぎていた。

 会場の文系共同講義棟にたどりついたのが、9時5分。同じ委員の先生方が受付に立っていた。「おはようございます、遅れてすみません」と声にならない声であいさつをすると、どうやらまだ受付中の模様。高校生も教員も全員集まりきっていないようだった。

 た、たすかった。(のか?)

 会は10分遅れで始まり、つつがなく進行。もちろん私の出番もなんとかこなした。ただ、起き抜けにつかんだのが、昨日はいていたジーンズとシャツ、それにジャケットだったので、思いっきりカジュアルな服装で高校生の前に立つことになったのが、いかがなものかと思うけれど。

 全体でのオリエンテーションの後は、ゼミに分かれての体験演習。発達ゼミではC先生とともに「養育性の心理学」というテーマで、子育てについて講義。院生にも協力してもらい、無事終了。

 気付いたときには足がヘロヘロになっており、帰宅してからはぐでーっと寝転がっているほかなかった。

 それにしても、こんなにあせったのは久方ぶり。数日前から胃腸の調子が悪く、おまけに肩が強烈にこっていたのだが、朝の運動ですっかり治ってしまった。怪我の功名である。

うとうとの金曜日

 今日は研究室にこもって論文を読みふける。

 VygotskyのConcrete Psychologyと神谷栄司先生の最近の2本。ご所属の佛教大学に紀要のpdfがアップされていたので、直でリンクを張らせていただく。

 神谷栄司 2005 ヴィゴツキー理論の発展とその時期区分について(I) 社会福祉学部論集, 1, 81-98.(pdf

 神谷栄司 2006 ヴィゴツキー理論の発展とその時期区分について(II) 社会福祉学部論集, 2, 15-30.(pdf

 ヴィゴツキーの夭折の先を、意識システム論と人格論によって補完する。おもろい。この枠組みを、どのようにして具体的なコミュニケーション研究に着地させるかが問題。『芸術心理学』における美的反応の分析は、作者、テクスト、読者という三者関係を対象としているので、ヒントになると思うのだが。

 ちんたら読んでいたら教授会の時間。席に座って配付資料とにらめっこ。担当の仕事について進捗状況を報告。

 2時45分に始まって、終わったのは6時半だった。その間、少しうとうとして船をこぐ。1週間の疲れがどっと出てくるのだ。

 今日も帰りの地下鉄駅で区役所勤めの学部OGとすれちがった。就職して3か月でこの時間のご帰宅はよろしくないのではないかな。

 アマネは今日も食べず。時間帯が問題か。今日は10か月検診だったようだが、それでも特に問題はない模様。元気だもんなあ。

 『英語でしゃべらナイト』に明和電機が出演していたのを観てから、来週以降の講義の準備。

ぐうぐうの木曜日

よくて起きられなかった。で、けっきょく朝飯を取らずに大学へ急ぐ。

 ひとりの子どもの胸にiRiver N11をテープで貼り付け、声を録音しながら、自由遊びの様子を遠くから撮影。これによって、会話の様子はmp3で、会話の場の様子は映像で、それぞれ記録が取れる。そのうえ、カメラが遠くにあるため、子どもたちや先生方はさほど圧迫感を感じずにすむ、と思う。

 1時間半ほどで観察を切り上げ、なんちゃら委員会へ。

 ○○と××について(オトナの事情で書けないのである)。昨日の講義ではないが、学生のやる気を高めることを、学部レベルでの取り組みとしてどのように行なうか。これは教育学部ならお手の物ではないかと言われそうだが、なかなかそう簡単にはいかない。教育学部の教員ですら、頭を抱える難問なのである。

 で、どうするか。真剣に考えている教員が何人か集まって、プロジェクトチームを作り、ゲリラ的に動いていくしかないのではないか。で、プロジェクト進行についてはきちんとログを取っておく。それを分析する。論文では何度もたような計画だが、こと自分たちのこととなると、果たしてどうやればいいのか不安になってくる。しかしやらにゃあならんのか。私見では、小さな活動をたくさん作ってあげるとよいように思うのだが。あとはカリキュラムの道行きをもっと見えやすくする、のはどうか。さらには個々人で足跡を作っていく。

 昼過ぎになんちゃら委員会が終わり、弁当を買おうと大講堂の出張販売所へ行くと、売り切れ!へなへなと研究室に戻り、空きっ腹にコーヒーを流し込む。

 1時から大学院ゼミ。WertschのVygotsky and the Social Formation of Mindを読む。北米におけるヴィゴツキー・ルネサンスの原点とも言うべき本。ヴィゴツキーの『思考と言語』を中心に理論の解説をした後、記号学と活動理論の成果をもとに、媒介的行為にもとづく理論拡張を試みる。85年にこのレベルの研究ができたのは、やはり凄い。このレベルの研究だったからこそ、ルネサンスになったのかもしれない。

 ゼミが終わりちょこちょこと仕事をした後、ふらふらとした足取りで帰途につく。

 7時に帰宅、アマネは今日もごはん食べず。昼寝を3時間もしたそうで(昨日円山動物園に行ったそうなのだが、その疲れが今出てきたか)、夜はなかなか寝ない。

 そんなこんなで、腹がぐうぐう鳴りながらの木曜なのだ。

ぜいぜいの水曜日

 4時に就寝、8時に起床。このところ、アマネの叫び声で起こされる。

 9時半に自宅を出てJRで江別市大麻へ。

 札幌学院大で非常勤の講義。本日はカウンセラーの背景をなす理論や技法について。講義の最初に「カウンセラーと呼ばれる人に会ったことのある人」と聞いたら11人中2人だったため、まずカウンセリングの様子を知ってもらうために倉光・宮本編著「マルチメディアで学ぶ臨床心理面接」より、インテーク場面を少し視聴。その後で、精神分析学にはじまり、行動療法、認知行動療法、クライエント中心療法、家族療法について、ざっと説明する。

 学院大を出て、酪農学園大を通り抜けて、同じく非常勤先の北海道情報大学へ。

 この大学の学食はうまい。いつも430円のお好み定食を食してから講義へ向かう。

 学院大とはうってかわって、1年生150人前後を相手に講義。今日は動機づけについて。用意していたレジュメの内容を一部省略して、サッカーワールドカップを素材に話を即席で作り変えた。

 予選リーグのルールをちょっと変えるだけで、選手のモチベーションががくっと下がる、という話をする。たとえば、各グループから決勝トーナメントに出場できるのは2カ国であるが、これを1カ国にする。そうすると、日本のいるグループのようなところに割り当てられた場合、1カ国でも強豪国があれば(今回の場合はブラジル)、他国のやる気は下がる。もちろん、選手だけでなく観客のモチベーションも下がる(興業主としてはこれが一番痛いわけだ)。1リーグ2カ国の意味はここにある。また、勝ち点だけが考慮され、得失点差が判断材料にされない場合、1試合のゴールにかけるやる気が下がる。つまり、あらゆる試合を緊迫した状況に置いておくために、現在のルールはそれなりに考え抜かれているのだ。

 講義を終えて、野幌のSAから高速バスで札幌駅へ。バスの中でぐっすりと眠りこける。気がつくと駅だった。

 大学に寄ってメールに対処した後、駅近くの居酒屋へ。埼玉からいらしたT先生を慰労する会。先生を含めて4人で飲む。

 お開きの後、地下鉄で自宅へ。その途中の駅で下車し、なじみの「三徳六味」へ。お酒をもらって、ずんだ豆腐(枝豆をずんだにしてよせた豆腐)と、細い竹の子を焼いたやつを食べる。どちらもちょっとした仕事がしてあって、嬉しい。お酒の品揃えも、いつの間にか充実していたし、お客さんの入りもよろしい。満足して店を出た。

 帰宅するとアマネはおっぱいを飲んで寝ていた。

 帰りがけにコンビニで買った酎ハイを飲みつつ『どうでしょうClassic』を観る。

 かように水曜はぜいぜいと息切れしながら一日を終えることとなる。