大学院の講義「教育学研究法」では,音声・映像データの分析の仕方について,レクチャーと実習をあわせて行っています。
発話データの書き起こし法としては,会話分析の領域で開発されてきたジェファーソン・システムが有名なので,それを学んでもらうことにしました。
なぜジェファーソン・システムが有効かというと,相互行為の中のトークを通して人々が行っていることを書き起こしという形で具体的に示すことができるからです。
例示するために,今回は山田和也監督による『障害者イズム』(2003年)というドキュメンタリー映画から,あるシーンを題材としました。
重度の身体障害者であるKさん(映画の中では実名で登場されますが,ここでは仮名とします)が,現在生活する施設を出て地域で自立生活する道を探ろうとするいきさつをカメラは追います。自活するには障害者基礎年金だけでは足らず,生活保護費の受給の可能性が探られます。そこでKさんは,居住する某市(これも映画でははっきりと示されます)の福祉事務所に赴き,窓口の人と相談をもちます。
映画ではKさんと窓口の担当者(以下,Officerの頭文字を取ってOさんとします)とのやりとりが音声のみ示されます。このやりとりには,生活保護費を申請に来た人を窓口で追い返すためのストラテジーが見えるように感じました。
そこで実習は,そうしたストラテジーとして解釈可能な部分を受講者に見つけてもらうことから始めました。
■K氏が某市福祉事務所に生活保護費の申請をしに行くシーンの会話の書き起こし(映画冒頭から9分39秒経過後~10分20秒まで)
01 | O | わたしはほら生活保護の仕事やってんだけど |
02 | K | はい はい |
03 | O | 生活保護を 受けたいってこと |
04 | K | はい はいはいは |
05 | O | で いま年金はもらってるの |
06 | K | はい |
07 | O | 年金で生活 |
08 | K | 月8万です |
09 | O | え |
10 | K | 月8万 |
11 | O | 月8万で生活できないかね |
12 | K | ちょっと無理ですね |
13 | O | だって生活保護だってお金 出せないよ 月8万もらってる人に さらに生活保護なんつったって 出せないよ |
14 | K | そうすか |
15 | O | ね だから年金ももらってるし |
16 | K | ええ |
17 | O | ね 生活保護ももら 保護費ももらうってことはできない 相殺されちゃうの |
18 | K | ああそうですか |
19 | O | うん じゃ そりゃあ二つもらえば誰だって俺だってもらいたいさ |
20 | K | ええええええ |
21 | O | ね あちこちからお金たくさんもらいたいね |
22 | K | ええええ |
23 | O | そういうわけにはいかないの |
24 | K | ええ |
25 | O | ね |
まずは文字に表現可能な言葉だけを丁寧に追っていってもらいました。すると,次のようなことが受講者の解釈として出てきました。
- OはKにクローズドエンドな質問をしていた(3行目,5行目)。質問をすることで相手の意向を尊重しつつ,「はい」「いいえ」という回答に誘導しているのではないか。
- Oの言葉尻に強い言い切りが多用される(11行目「~かね」,13行目「~よ」)。威圧的な印象。
- Oが話し始める際に「ね」という確認をするような機能を果たす間投詞が多用される(15行目以降)。
- Oは21行目でKの意向をあたかも代弁するような表現を用いた(「あちこちからお金たくさんもらいたいね」)が,23行目で否定に転じた。相手によりそうような姿勢を見せつつ拒絶する。
- Oの言葉数がKよりも多い。他方でKが意味のある言葉で主張をするのはわずか(8行目,10行目,12行目)。発話量の非対称性が力の非対称性と重なっている印象。
なるほど,どれもその通りだと思いました。私が見て興味深いポイントは,2点あります。
- Oが用いる自称詞が前半と後半で異なる(1行目「わたしはほら~」,19行目「~俺だってもらいたいさ」)。特に「俺」というフランクな印象を受ける自称詞を使うことは,相対的に後半の「相手に寄り添う印象」を高めている可能性がある。
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Kの数の使い方がOによって微妙にずらされる。前半でKは自分が現在受給している「金額」を具体的に挙げていた(8行目「月8万です」)。一方でOは金額の表現をいったん受け入れながらも(11行目「月8万で生活できないかね」),Kが「無理だ」と拒否すると(12行目),すぐに,「月8万もらってる人に “さらに”生活保護なんつったって 出せないよ」(13行目)と言う。
Oは,「額」ではなく「利用可能な制度の個数」の多寡が問題であると「すりかえた」。2つの制度を利用するとなぜか額が「相殺され」(17行目)るという制度上の問題を指摘されると,Kは「ああそうですか」(18行目)と納得せざるを得なかったように思われる。その後もOは「二つ」「あちこち」のように制度の個数が問題であるという論理で通そうとしていたと解釈できるだろう。
文字で示されたこと以外にも,OとKの2人による相互行為的な出来事も受講者から指摘されました。ひとつが割り込みで,前半ではKの発話にOがかぶせるようにして発話する箇所がありました。相手が話しているうちに自分の発話をかぶせることにはいろいろな機能があると思いますが,ここでのやりとりにとっては相手の話を「聞かない」ことが重要だったのでしょう。
受講者には割り込みを書き起こすことによって見えることがあるのだ,という点に気づいてもらった後で,ではジェファーソン・システムでは割り込みを記述する具体的なやり方を資料に基づいて確認してもらいました。
それにしても1行目の「生活保護の仕事」というOの表現は非常に意味深ですね。
自分でもおもしろい発見があった1時間でした。受講生に感謝です。