052-活動理論とHCIデザイン

Kaptelinin, V. & Nardi, B. A. 2006 Acting with technology: Activity theory and interaction design. Cambridge, MA: MIT Press.

 コンピュータと人間のインタラクション(Human Computer Interacton: HCI)をどうデザインしていくか、活動理論から考えていきましょうという話。現在、演習でケータイを使う人間の行動を分析しているのだが、そのためのヒントがあるかと思って読書会に参加したのだった。

 活動理論から見るとき、HCIデザインは以下のことが課題となる。すなわち、人間と機械の相互作用を理解するには、機械の側で設定されたタスクに対する人間の反応だけを見ていてはダメ。人間が機械を通していったい何をしようとしているのか、すなわち、かれの活動の動機(=object)をとらえなければならない。そのためには、人間がいったいどのような社会的文脈にいるのか、あるいは、機械がそのときどのような用いられ方をしているのかを理解しなければならない。こういった話は、すでに10年以上の議論の歴史をもっている。

 今回、新しい話として理解できたのは、主体としての人間において起こる感情をどううまくすくい取るかという問題。すくい取るというのは2つの意味があって、1つは理論的な問題で、活動理論の中にそれをどう位置づけるか、もう1つはユーザによる実践の背景にあるなんらかの感情的側面をどうデザインに結びつけていくか、ということであった(ような気がする)。

 ヴィゴツキーやレオンチェフが感情について扱っていなかったかと言えば、そんなことはまったくない。むしろ積極的にアプローチしていた。だから、活動理論の中への感情の位置づけという問題は、彼らの思想の展開や補完をいかにするかという問題となる。

 一方の、人間と機械の間のインタラクションデザインという文脈に感情をどう位置づけるかという問題はかなり難しいと思う。 Kaptelininらの主張は以下のようである。すなわち、行為主体性を持って実践を動かしていくのは人間なのだから、その出発点としてのかれらの欲求や感情の変化というものを研究の射程に入れるべきだ、というもの。当日の議論で出た話なのだが、これは、人間とその他のモノを対等に扱うアクターネットワークセオリーとは真っ向から対立する考え方だそうだ。

 どうも本書の議論も生煮えだったようで、感情をうまく扱い切れていないような気もした。具体的な事例をさっとばして読んだのでそう思うのだろうか。

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