007-エスノメソドロジーの問いとは何か

ジョージ・サーサス他 北澤裕・西阪仰(訳) 1989 日常性の解剖学:知と会話 マルジュ社
西阪仰 1997 相互行為分析という視点:文化と心の社会学的記述 金子書房

 問題とされることへのアプローチにはいくつかある。解決を目指すことはそのひとつだ。この場合,問題そのものは自明視されるために,何がなされれば解決されたことになるのかが新たな問いとして立つ。それが明らかになれば,問題を取り巻く情勢の分析,および介入による現実的な解決がおこなわれる。

 問題が問題として成立する条件を探るというのもある。この場合,問題は自明視されない。問題が浮かび上がってきた歴史的背景,ひとびとの言説,条件が成立するための形式を明示することなどがなされる。そして,表題の本2冊はこちらをアプローチとして採用する。

 社会学の一流派であるエスノメソドロジーをはじめて提唱したハロルド・ガーフィンケルが出した問いは,いかにして現在において過去が生まれるかということだった,と,今にして思えばそう読める。なぜエスノメソドロジーが時間論?こう考えてみたらどうだろう。

 先の問いを強引に,「常にあるもの」が,今・この場においていかに編成されるか,と言い換えてしまう。「常にあるもの」,たとえばエスノメソドロジーや相互行為分析が相手にしてきた知識や制度,同一性,そして「文化と心」といったもの,これらが過去に相当するわけだが,なんで「常にある」のに過去なの,と疑問がわく。書いている私にもわいた。

 過去の話をする少し前に現在について考えてみよう。そもそも定義上,過去を直接知覚することはできない。できることはただ,現在を「過去・現在・未来」の三つ組で計測し続けることだけである。この二つの現在,すなわち身体の依って立つ現在と,いわば定規の原点としての現在は異なるものだ。「常にあるもの」は,定規の方と同じレベルにある。常にある,ということは,「これまでもあった」「今ある」「これからもあるだろう」という三つ組を満足させなければならないからだ。身体の現在からすればこの三つを同時に満足させることはできないから,少なくとも常にあるものは身体の現在と同じレベルにはない。ということで,とりあえず定規の{過去・現在・未来}と同じレベルにあるとしておく。

 すると,身体の現在が「常にあるもの」を対象にすると言うとき,それは定規の{過去・現在・未来}を相手にしているのだ,ということになる。注意したいのは,定規の{過去・現在・未来}はばらばらにあるのではなく,いっぺんにあるということである。原点の部分が欠けた一本の定規なるものは存在し得ない。定規上にあるものは同時にすべてそろっていなければならない。過去が現在作られるとは,「身体の現在において,いかにして定規の{過去・現在・未来}が作られるか」という問題だと言える。過去が作られると言っても単純に過去だけが作られるのではなく,いっぺんに定規上の現在や未来も作られている。身体の現在において。

 したがって,知識を例に出すならば,エスノメソドロジーの問いとは,今あり,これまでもあり,これからもあるだろう,「知識」なる常にあるものが,今ここという相互行為の場からいかにして紡がれていくか,これである。なんとか着地できたかな。途中無理があるような気もするけど。

 ところで。自分で考えておいてナニであるが,この{過去・現在・未来}という定規は普遍的なのだろうか?ヨーロッパ神話には運命の三女神として,紡ぐ者,割り当てる者,切る者がいる。ギリシャにはクロートー・ラキシス・アトロポスがおり,北欧にはウルド・ベルダンディ・スクルドがいる。それぞれ過去・現在・未来にあててよいのだが,この定規は神話(文化,ではなく)固有なものだということもありえる。他の地域に類似した三柱がいるのかどうか,このへんはよく分からないのだが,ちょっとおもしろいテーマになるのかもしれない。

 さて,はじめの話に戻ろう。心理学は「心とは何か」という問いを設定し,何がなされれば解決と見なされるかをずっと議論してきたし,そうして提案されたさまざまなプログラムは幾多の研究を産み出してきた。これをエスノメソドロジーは,「心とは何か,という問いはいかにして成立するのか」あるいは「いかにして達成されるのか」と問いを向け直すのである。心の様態を問うとは,常にある心を前提にしなければできないことだ。常にある心が今ここでいかにして作られるか,それを明らかにすることは,心が本当に常にあるのかと懐疑にかけることではなく,あくまでも心が「常にある」ように構成されるその仕方を問うことなのである。なぜなら,われわれは心が常にあるものと,必要があれば,実際のところ思いなすことができるのだから。

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