006-巴里のアメリカ人

シルヴィア・ビーチ 中山末喜(訳) 1974/92 シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店 河出書房新社

 大学のそばにある古本屋で偶然見つけた回想録。著者のシルヴィア・ビーチは知る人ぞ知るって人なんだけど,ひとまずはジョイスの『ユリシーズ』をパリで出版したってことが有名。20世紀初頭のアメリカ文学界を牽引したいわゆる「ロスト・ジェネレーション」を育てるのに一役買った人でもある。

 ビーチが開いた書店,シェイクスピア・アンド・カンパニイは,はじめパリのデュピュイトラン通り,後にはオデオン通りにあった。この書店が変わっていたのは,パリにありながら英米語で書かれた本ばかり扱っていたということ。自身アメリカ人であったビーチは,すでに書店を経営していた友人アドリエンヌ・モニエの助けを得て,書店兼図書館兼出版社を作り上げた(出版社とはいえ,出したのはジョイスの作品だけだった)。

 当時のパリは,作家の武者修行場のような活気に満ちていたようで,フランス国外からも作家志望の若者が集まっていた。そうしたなか,フランス語の話せない英語圏の若者が自然集まるサロンが,ビーチの書店だったわけだ。ヘミングウェイやフィッツジェラルドなどの若者が集まり,また,ジイドやガートルード・スタインやヴァレリーといった作家はここで英語圏文学に親しんだ。

 ビーチの鑑識眼も確かなものであったらしく,はやくからジョイスに注目していたのもその現れだ。興味をひかれたのは,『意味の意味』で知られるチャールズ・オグデンがジョイス自身によるALPの朗読を録音したってこと。ここのところをビーチはおもしろく語っている。引用してみようか。「こうして私は,二人の人間,英語を解放し拡大しようとする人間と,五百語の語彙に濃縮しようとしている人間の二人を,一緒にさせました。彼らの試みは正反対の方向に進んでいたわけです(p.237)」。

 オグデンは,知っての通り,ベーシック・イングリッシュの考案者だ。書き言葉を増殖させる作家と,削減させる学者との出会いが,話し言葉の録音を通してだったというのがおもしろい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA