やきとり一真、網元

 伊達紋別の駅を降りたぼくは、歩いて5分ほどの町中にある旅館に投宿。錦旅館といい、ご夫婦2人で切り盛りされているようだ。名前は古風だが建物は比較的新しい。部屋もきれい。

 夕食を兼ねていつもながらの居酒屋へ。旅館のご主人に尋ねると、目の前にある「やきとり一真」を教えてくれた。

 入り口の網戸を開けると、店の奥までのびたカウンター。中にはおかあさん一人。7時前の店内には客の姿はない。カウンターの中程に腰を下ろし、生ビールを注文。

 メニューはやきとり中心。焼き台にはもう炭が熾っている。さっきまでやきとりを焼いていたふうで、焼き上がったのをパックに詰めてビニール袋に入れている。きっと、近所の人が持ち帰るのだろう。せっかくなので、ハツ、カシラ、つくねをお願いする。

 店の中には古い時計が何台も飾ってある。店の外にも動かない巨大な時計が鎮座していた。「あの時計は何ですか」「どこかの学校が廃校になるというので、建物の上にかけてあったのをもらってきたんです」「そうでしたか」

「こちらは古いんですか」「もう30年になりますか」「ではこのあたりでは一番古い?」「スナックなんかは代替わりしたし、そうかもしれませんね」

 むき出しの梁は真っ黒にすすけて、そこから下がったかさのついた裸電球がぼんやりとカウンターを照らす。入り口脇にはなぜか足踏みオルガン。その上には大きなラジオ。「どれもこれも、要らなくなったものを引き取ってくるんですよ」

 今の時間帯はおかあさんだけだが、後からご主人も店にやってくるそうだ。雰囲気のいいところを紹介してもらった。勘定は950円。

 店を出て夕方の街を散歩。人通りはほとんどないが、活気がないわけではない。小綺麗な感じ。

 飲み屋の建ち並ぶ一角からはだいぶ離れたところ、住宅街の真ん中にぽつんと建つ居酒屋「網元」が2軒目。こちらはネットで調べていて見つけた。名前の通り、船をもっているらしい。せっかく海のそばに来たので魚介を食べたかったのである。

 大きなのれんをくぐると下駄箱があり、靴を脱ぐ。先客は若い男性3人組で、すみのテーブルで盛り上がっている。カウンターは6席ほど、客はいない。座椅子のようなものが並べられていて、あぐらをかいてそこに座ると、ちょうどいい高さにカウンターがくる。これはまた不思議なもの。

 お店はご主人とおかみさん、それにお手伝いの女性3人で切り盛りされていた。冷酒をもらう。短冊に書かれたおすすめの中から、しめ鯖とヒラメ刺しを。

 カウンターの向こう側にいるご主人がすっと差し出した皿の上にはぱっくりと口を開けた、真っ黒で巨大な貝が。五回りぐらい大きくしたムール貝のような。中の身も一口では食べられないほど大きい。かじると口の中に磯の香りが強烈に広がる。どうも、このあたりの岩に張り付いている天然のものだそうだ。

 しめ鯖が到着。刺身のようなピンク色で美しい。塩と酢にちょっとだけつけておいたという感じ。鮮烈な味。うまい。ヒラメ刺しにはママからのサービスでミズダコの刺身が添えられていた。ヒラメはもちもちした食感に甘みが豊か。タコも甘い。

 焼酎のお湯割りをもらう。「牛レバ刺しを」「すいません、水曜じゃないと入ってこないので」なるほど、つぶすのが水曜なのか。ではと味噌おでんを頼む。ゆでたまご、こんにゃく、天ぷら(さつまあげ)を串で刺して甘味噌をかけたもの。高速のSAなんかでよく食べるようなものだが、居酒屋では珍しい。素朴でうまい。

 ご主人がまた小さな皿をすっと差し出してくれる。ナマコ酢。ええっ、いいの?という顔をして見ると、いいからいいからと手のひらを突き出して答えてくれる。酢の加減もいいし、なによりナマコがしっかりしている。これは上等。

 とどめは小振りな毛ガニ一杯丸ごと。ちょっとちょっとこれはと手を顔の前で振るが、ご主人もおかみさんもニコニコ笑い、いいからいいからと。手を合わせ、ありがたくいただく。必死になって身をほじくる。甲羅を割ってかに味噌をほじくり、足を割って身をすする。黙々と解体作業。

 大満足。というか、注文したものよりもサービスでいただいたものの方が多かったのでは。お勘定は2500円。いやあ、安い!魚っ食いのみなさん、伊達に来たら「網元」ですよ。

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