仕組みの艶めかしさ

 直感的な印象だが、「仕組み」というのは、なんだか木訥としていて、クールで、感情の入る余地のないもののように思える。そういう「仕組み」は、きらびやかで、しっとりとして、情動を喚起するような「表層」によって包まれることで、自らの存在を隠しつつ、その機能を果たすのである。

 ここで言う仕組みとは、生き物の「骨」を思いうかべればよい。骨の形状、それぞれのつながりかた、その全体の組み合わせで生まれる構造は、可能な動作を一意に制約する。そういう意味で、冷酷である。その骨にまとわりつく肉や毛は、骨が失われれば重力の影響で1秒たりとも自立できないわけだが、そのことを微塵にも感じさせずに、一個の肉体のすべてであるかのようにふるまう。

 あるいは、一体のからくり人形を思いうかべてもよい。からくり人形師として9世代目の血脈を継ぐ玉屋庄兵衛が作った弓曳き人形がもたらす驚きは、その表層の美しさと動きの精妙さにある。小さな人形が矢を取り、弓につがえ、的を射抜こうとそれを放つのである。同時に動く首は能面の技法で彫られており、上下に揺れるたびに表情を変える。こうした表層を支えるのが、人形の座る箱の下にある何枚もの歯車や糸、ぜんまいなどの機構である。

 前置きが長くなったが、東京ミッドタウン内の「21_21 Design Sight」で開催されている、山中俊治ディレクション「骨」展に行ってきた。

PAP_0028.jpg

 目的は、展示物もさることながら、開催初日のトークショーである。冒頭に出てきた玉屋庄兵衛さん、ディレクターの山中さん、そして明和電機代表取締役社長の土佐信道さんによる鼎談である。

 早めに着いたので鼎談の前に一通りぐるりと展示を見る。

 館内に入って最初に目に入るのがダチョウの骨格標本と、湯沢英治の写真。湯沢英治はさまざまな生物の骨格標本をモノクロの写真に収めている。写真を通して骨を改めて眺めると気がつくのは、骨自体の持つ質感である。艶めかしさ、と言ってみたい。

 さまざまな工業製品(ドライヤーからボーイング777まで!)のレントゲン写真を撮りまくるニック・ヴィーシー。レントゲン写真として撮影することにより、透けて見える内部の細かな部品群が白一色に映し出される。まさに、部品を「骨」化する創作である。

 仕組みは動きを可能にする。骨や部品によって生物や製品は動く。しかし、動きに目を奪われているだけでいいのか。その仕組みにこそ、美しさがひそむのではないか。そういう目で展覧会を通して見ると面白い。

 だから、鼎談に登場した玉屋庄兵衛のからくり人形も、明和電機の新作「WAHHA GO GO」(笑うだけのロボット)も、ついわたしたちはその動きに注目し、驚いたり笑ったりするわけだが、実は動きを可能にする機構そのものの艶にもっと目を向けていい。

 からくり人形の歯車はすべて木製である。歯車であるから円形をしているのだが、1枚の板からできているのではなく、 8枚ほどの扇形を組み合わせて作るそうである。なぜなら、1枚だと木目の弱い方向に割れてしまうから。そういう「もたせる」(実際、 200年は壊れずに保存できるそうである)ための工夫によってもたらされる、歯車そのものの質感に美しさを感じる。

 WAHHA GO GOの笑いを生み出す「肺」にあたるのは、紙製のふいごである。アルミ削りだしの胴体の真ん中に据えられたこの白い部分は、周囲とのコントラストで妙なかよわさを感じさせる。

 仕組みそのものの艶に目を向けることで、いかな大量生産の工業製品であっても、そのひとつひとつには「一点もの」としての固有の質感に気づくのである。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA