助動詞「ない」の連用形中止法

 学生のレポートなどを採点していると、ときに、自分にとって「据わりの悪い」日本語表記に出会うことがある。

 たとえば、鉤括弧を閉じた中に句点を追い込む表記。「そうなんですよ、山本さん。」のようなもの。

 私の教わった限りでは、鉤括弧の中の文末には句点を打たないことになっていたはずだった。なので、最初の頃はそのように書いてきた学生には修正させていた。ところが、どうも追い込む表記で習わなくなったらしい。あるとき松井豊先生の『心理学論文の書き方』(河出書房新社)を読んだところ、そのようなことが書いてあった。それ以降は、修正させることはなくなったものの、やはりいまだに個人的には据わりの悪い表記である。

 あと、しばらく前から気になっていた表記として、こういうのもあった。

 レポートを提出しなければならなく、時間もなく、困っています。

 一読、個人的に強い違和感をもつ個所がある。最初に出てくる「なく」である。これが「~しなければなら、云々」という表記であれば違和感はない。また、二番目の「なく」はこのままでも違和感はない。どうしてだろう。

 調べてみると、上記例文の中途に現れる「なく」のような表現は「連用形中止法」と呼ぶらしい。後続するはずの用言を落として連用形だけ残した表現であり(←これもそうだ)、特に珍しいものではない。「時間もなく」の場合は、形容詞「ない」の連用形で終わっている形である。

 どうも違和感をもつのは、「ない」が助動詞の場合のようだ。「花は咲かなく、鳥も飛ばない」。うーん、変だ。

 では、正書法からして誤用かというとはっきりしない。たとえば「教えてgoo」に以下のような投書があり、それに対しては「誤用とは言えない」という回答があった。

  「楽しいときでも笑わなく」が不自然な文法的根拠

 助動詞「ない」を連用形中止法に用いることは、誤用ではないが、慣用されてもいない、といったところだろうか。

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