2つのたこ焼きから

 先日、金富士で飲んだ帰りに、飲み直しで平岸のとある飲み屋へ。

 縄のれんをくぐった先のカウンターには1人のおじさん。マスターとなにやら楽しそうに話している。

 この店、いつ来ても客がおらず、しかもテレビではなくラジオがかかっており、落ち着く感じが好みで、飲みながら仕事をしに来たりするのである。この日も論文を読みながら飲もうと思い、やってきた。

 カウンターにつき、レモンハイを頼んだところで、件の先客氏が話しかけてきた。「これどう?」

 お皿に載っているのは大きなたこ焼きが2つ。

 「うまいよ、そこのたこ焼き屋のなんだけど。ああ、こんなことしちゃいけないかな、あはははは」と、マスターの顔を見ながら言う。

 「これはどうもありがとうございます」とお礼を言うものの、実のところ腹はいっぱいである。思い切ってぱくぱくと口に押し込んだ。

 「世の中、なんか変になっちゃったねえ」と先客氏。「ええまあ」と私。

 たこ焼きをおごっていただいた以上、話につきあわざるをえないだろう。コップを傾けながら相づちをうつ。

 「やっぱり家族が大事ですよ」と先客氏。「そうですね」「いや、あなたの顔は大事にしていない顔だ」「ははは」

 「私は島根の生まれ、あなたは?」「茨城です」「ああそう、(中略)で、どこの生まれだっけ?(以下2回同じ質問)」

 「島根というと、宍道湖、境港、出雲大社」と私。「おお、よく知ってる。まあ飲みなさい、何飲んでんの?レモンハイ?なんだそんなハイカラなもの。マスター、ぼくとこちらに熱燗1つずつ」「すいません、いただきます」「やっこ食う?やっこ」「はあ」「マスターやっこ2つ」

 「私は40で結婚したんだけど、60過ぎて子ども育てることになるとは思わなかったよ。あんた子どもは?」「3つが1人」「ああそう、かわいいときだよね」

 「昭和46年、オリンピックの前に札幌に来てね、そのころはすすきのに屋台が出てたんだよ」「そうですか」「ビニールをばさっとかけたやつでね、吹雪の中命からがらその中に駆け込んで食べたラーメンがやたらうまくてね」

 そんな昔語りを聞きながら、結局3杯の酒と冷や奴と厚揚げをごちそうになってしまった。

 「いやあ楽しい、ねえマスター楽しいねえ」「そうすか、よかったすねえ」

 その御仁は南区のはずれに居があるらしく、終電に間に合うよう12時前にふらふらとした足取りで地下鉄の駅に消えていった。

 心配になって見送ったマスターとともに再びカウンターに落ち着く。「なんだか調子のいいおじさんでしたねえ、常連さんですか」と私が言うと、「いや、はじめて」

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