講義の外をどうするか

 発達心理学会2日目に開かれた講習会「こうすれば心理学の授業は面白くなる-あなたのFDのために」に参加。

 講師の澤田匡人君は大学の同級生,大学院の1年先輩(ぼくが大学を5年で出たため)。講演会に誰も来なかったらひやかしてさしあげようと思って会場へ行ったら,杞憂であり,満員の入りであった。このあたりさすがと言えよう。

 心理学について何も知らず,教養として心理学を学ぼうとする大学1年生向けの講義を念頭に置いた講習と理解したが,基本的なところはあらゆる講義に通用するだろう。主な内容は講義の組み立てとプレゼンテーションの具体的な方法についてだった。PCでのスライド作成に全力を懸けているとは聞いていたが,これほどとはと感嘆する美麗さ。言うことにはいちいち頷ける。

 見た目の力は,デパートの実演販売を思い起こせば分かりやすいが,人を魅入らせる第一歩である(当たり前か)。そう,大学1年向けの講義ですべきことはデパートの店員がすべきことに近い。デパートにいる人々とは,はっきりとした買い物の目標があるが,店内をぶらぶらしてそれ以外にもいいものがあれば買って帰ろうという人々である。大学も同様で,取りたい資格や卒論のテーマとしたいことは漠然とあるにはあるが,それ以外にも教養として単位を取りたい(あるいは取らねば卒業できない)人々がお客さんなのである。

 そういう人々を引きつけるために,まず実物を見せる。その次に「実物を手に入れた未来のあなた」を見せるというのがデパート的なやりくちである。であるから,館内に置く鏡はなるべく少ない方がよく,歩いていて見かけるのは化粧品売り場と試着室,それにトイレくらいである。ディズニーランドには鏡がないと聞いたこともある。

 大学も同様であり,大学が発行するパンフレットのたぐいを見れば一目瞭然であるが,そこで学べることとともに,「学んだ結果としての未来のあなた」が示される。○○になりましょう,○○で夢を叶えましょう,○○就職率100%。デパートと大きく違うのは,どこを歩いても大学が鏡だらけだということ,つまり,現実が学生自身に否応もなくつきつけられるという点である。

 だいぶ脱線したが,澤田君からは講義中に誰も眠らない眠らせないJOCX MIDNIGHT-TV的プレゼンの方法を教えてもらった。すぐにも真似できるヒントももらった。

 ところで。講義は講義だけで完結していない。大学の単位の数え方は,半期で1コマ2単位というのが通常であるが,講義への出席だけでなく予習復習も含めて2単位なのだと聞いたことがある。言い換えれば,講義でこれから触れることを確認し,大学に行って教員の話を聞き,その内容をおさらいするというサイクルを毎週繰り返して2単位なのである。そんなことを律儀に遵守していては寝る暇も稼ぐ暇もなくなるのだから,期末試験前にノートをひっくり返すだけでも十分だと思う。(そうすると試験の1週間前になって学生さんが大挙して質問にやってくるわけだが)

 ただ,講義の時間だけで必要なことすべてを伝え切るのは不可能なことは当の教員自身が知っている。学習とは,ポケットからポケットに物を移し替えるようにはいかない。学生になんらかの知識を作り上げることの困難さは,学習科学が扱う大問題である。

 少人数の演習形式や実験形式であれば,なんらかの対応はできよう。しかし100名規模で行われる座学式の講義でできることは限られてくる。いきおい,時間外になんらかの形で学生みずから学ぶ姿勢を求めたくなってくる。たとえばフロイトについて興味が出れば,本を借りるなり,ググるなりしてくれればと願うものである。しかし,そこまでもっていくことはなかなか難しい,少なくともぼくはそうだ。

 これはものすごく難しい問題だと思うのだが,思いつく方策にはいくつかある。

1 教科書を指定し,買ってもらう
 よい教科書であれば,語句の定義から重要な図表まで載っているものであるし,読みやすい参考書も紹介してくれているはずである。教科書のここを見ておくようにと講義中に指示することにより,時間外学習へ導く。
 ただぼく自身は,一般的な講義で教科書を指定したことはない。

2 参考書を紹介する
 たまにぼくがやるのだが,講義の終わり頃に参考書を紹介する。何のことはない,講義を作るのにぼく自身が参考にした本を紹介するだけである。

3 ネットへ誘導する
 ググれと言う。

4 テレビやマンガの見方を変える
 本は読まないがテレビやマンガならという学生もいるだろう。そういう人向けに,それらを心理学的な観点から見るためのコツを伝授するというのもありだと思う。たとえば,教育心理学的に金八先生を見るとか。言説に批判的になるためには必要なことかもしれない。

 思いつくままに挙げてみた。授業を充実させることがFDの目標だとして,個々人の教員ができることにも限界がある。そうしたとき,教員だけが学生を変えるわけではないと気楽に構えること,そして外部のリソースにうまく誘導することも必要かもしれないと思った。

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