発達心理学の過去をどうするか

 発達心理学会初日に開かれた「発達研究の未来を考える」と題された座談会に出席。藤永保先生,岡本夏木先生といった,日本の発達心理学そのものと言っても過言ではないくらいの大御所の先生方がそろってお話しされるというので出席。ただし,前半だけ。

 両先生の院生時代から語り起こされる思い出。すでに事典にお名前が掲載されるくらいのビッグネームが次々と出てきてくらくらする。

 まだ子どもを対象とした心理学がマイナーもいいところという時代にあえてその道を究められた背景となるものについて語っていただいたように思う。

 未来を語る前に過去をきちんと総括する,ということなのだろう。

 そういう気運は最近目立って現れてきたように思う。最終日に開かれたシンポジウム「『母親の態度・行動と子どもの知的発達 日米比較研究』を読む」はその一つだろう。白百合のSさんに薦められて参加したのだが,ある意味で感慨深く先生方のお話をうかがった。

 日本の心理学を牽引されてきた大家,東洋先生らが中心となって進められた,日本とアメリカ間の文化比較研究について,当時プロジェクトに参加された方々-もちろん東先生も-や,若い方々に語ってもらうという趣旨。

 取り上げられた問題に,比較をする物差し自体を作りながら研究を進めることの難しさや,そもそも研究をする風土に日米で大きく差があること(アメリカはプロジェクト型,日本は趣味(?)型)があった。その悩みは共有できるものであるし,苦労を超えて当初の目標をなんとか完遂しようとされた先輩方の努力には頭が下がる。

 私自身感慨深いのは,そのプロジェクトの中心メンバーのお一人,北大の三宅和夫先生とその研究室の方々が研究の舞台とされていたのが,現在私が部屋を置かせておいていただいている施設だからである。乳幼児発達臨床センター(現・子ども発達臨床研究センター)がそれである。

 そういう日本の発達心理学史に大きな足跡を遺された方々がかつて熱心に議論されていた場にいることにあらためて気づかされ,身の引き締まる思いであった。

 実はこのセンターには,そうしたプロジェクトによって生まれた実質的な財産,すなわちデータの原票や映像資料,その他機材などが実は今もなお残っている。あちらの部屋の棚,こちらの部屋の段ボール箱,あるいは廊下に置かれたロッカーの中,いたるところにプロジェクトの遺産がある。

 日常的にセンターの中で暮らす者にとって,これらは捨てるに捨てられない,正直なところ扱いに困るものである。たとえば将来的にセンターが改築されるとして,そうした際には,誰かが整理しなければ,おそらくポイポイと捨てられていくに違いない。

 日本の発達心理学の歴史を作った偉大なプロジェクトを支えるデータがこのような扱いを受けるのはどうだろうと思う反面,では誰が整理・管理するのかという問題には及び腰になってしまう。今のところの私の立場がまさにその整理・管理をする正統的な立場だからである。また,これらは実験や調査に参加していただいた方々の私的な情報そのものであり,それを遺すことには倫理的な問題もある。

 どうしたらいいのだ。いやほんと,どうしたらいいんだろう。教えてください。

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