050-「退化」の進化学

犬塚則久 2006 「退化」の進化学:ヒトにのこる進化の足跡 講談社

 われわれヒトの身体を構成するさまざまなパーツは、もとをたどれば他の生物種においては意外なパーツに由来することがある。たとえば有名なところでは内耳の奧にある耳小骨は、サメの顎に由来するものである。また、デカルトが身体と精神を媒介する器官と指定したことで有名な松果体は、かつての光受容器、すなわち目であった。そのために今でも松果体は日照の変化に反応してメラトニンを分泌する。

 このように本書では、現在のヒトの身体デザインが進化の過程でいかにしてできあがってきたのかを教えてくれる。

 その中にこんな記述があった。身体のデザインのうち、発生の初期にのみ現れるもの、あるいは、種のなかで変異の大きいものは、すでにその種においてはあってもなくてもいいもの、すなわち退化器官なのである。

 ヒトにおいても例外でなく、身体の構造にはけっこうなバリエーションがある。たとえば以下のように。

 第三転子: 日本人で25%に現れる。(転子は大腿骨つけ根近くにある筋の付着点。ヒトには大転子、小転子があるが、第三転子はまれにしかない)

 副乳: 日本男性で1.5%、女性で5%に現れる。

 長掌筋: 黄色人種で3~6%に欠けている。(肘の内側、上腕骨から手のひらにかけてのびる筋。手のひらをパーの形にして、そのまま親指を内側に織り込むと手首に浮き出るのがそれ)

 錐体筋: 日本人で5%に欠ける。(腹直筋の先端を覆う小さな筋)

 一般に「個性」というと、その人の行動傾向の固有性を指すように思う。しかし行動ではなく、すでに身体構造のレベルで、私たちには個性があるのである。

 ヒトという種においてこうした多様性が実際に存在するということは、私たちが進化の過程のただ中にあることをまざまざと教えてくれている。進化論の教材はごくごく身近にあったのである。

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