013-たまにはSFも

ケン・グリムウッド 杉山高之(訳) 1990 リプレイ 新潮社

 何の気なしに古本屋に入り,暇つぶしできそうな文庫本を探していると目に飛び込んできたのがこれ。確か吾妻さんが「不自由帳」で絶賛してたなあと思い出して買ってみた。土曜の昼からぱらぱらとめくり始めたらもう止まらない。ソファに身を沈め,外の暗くなるのも忘れ,ふと気がついて部屋の明かりを点けた。読み終えた今もまだすこし頭の後ろに痺れが残っている。それくらい面白かったのだ。

 主人公ジェフリー・ウィンストンが冷え切った仲の妻と電話口で口論の途中,心臓発作で「死ぬ」ところから話は始まる。気がついてみると,18歳の自分が通っていた大学の学生寮に寝ていた。その後25年間の記憶をもったまま。こういうとき人間は何をするかというと,やっぱり賭け,である。ご多分に漏れずジェフも,ケンタッキー・ダービーの勝ち馬や,ワールド・シリーズの優勝チームを(もちろん知っているのだから)ずばずば当て,大金持ちになってしまう。金持ちのお嬢様と結婚し,娘も生まれ,その成長を楽しみにしていた1988年,再びジェフは死ぬ。気がつくとまた18歳。

 なぜジェフは過去に何度もさかのぼってしまうのか?はっきりとした答えのないまま,かれは一人の女性と出会う。映画プロデューサーのパメラ・フィリップス。物語後半は,このふたりを中心に話が進んでいく。ふたりが約束をし,そして邂逅する場面(詳しくは述べないが)はただもう嬉しくなる。

 ジェフは何度目かのリプレイで,追放と孤独をテーマとしたノンフィクションを書くこととなる。記憶を共有できない他者と同時代を生きねばならない孤独。同じ孤独を共有できる者と出会うことの恐怖と安らぎは想像するにあまりある。

 13年前と少し古い本だし,評は出尽くしているようだ。自分も少し若い頃に戻って文庫本を読み漁ろう。

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