長崎港ターミナルでもらったパンフレットには、こうある。
長崎港から南西に約19㎞の沖合いに位置する「端島(はしま)」。
端島は、南北に約480m、東西に約160m、周囲1,200m、面積約63,000㎡という小さな海底炭坑の島で、 塀が島全体を囲い、高層鉄筋アパートが建ち並ぶその外観が軍艦「とさ」に似ていることから「軍艦島」と呼ばれるようになりました。
その軍艦島への上陸クルーズを企画するやまさ海運の船、「マルベージャ1号」のデッキの上でわたしは揺られていた。
軍艦島のことを知ったのは確かネット上だったと思うが、 74年に無人島となる前には最大で5300人もの人々の生活があったことを知らせる廃墟の写真を見かけたのだった。
明治から昭和初期にかけて世界のエネルギーを一手に担っていた石炭。それを掘り出すには膨大な労力と巨大な施設を必要とした。炭坑を中心として人が集まり、町が作られた。エネルギー革命にともない、石炭はその役割を終え、ヤマからは人の姿が消えたわけだが、施設は残った。そうした例は北海道にも数多く、特に見栄えのする建物などは近代化遺産と呼ばれている。最近では保存の声が高まっているとも聞く。軍艦島もその一つと言える。遺産と言えば聞こえはいいが、要は廃墟である。
世間には廃墟マニアと呼ばれる人たちがいる。わたしは廃墟にはまったく興味がない(むしろオバケが出そうで敬遠したい)のだが、なぜか軍艦島を撮した写真には惹かれたのだった。
しばらく前に、軍艦島に合法的に上陸するクルーズが開始されたとのニュースを聞いた。これ幸いと、GW明けの平日に有休を取って参加することにしたのである。
クルーズの内容は、長崎港を出て軍艦島まで1時間の航海、島に上陸して1時間弱の見学、そしてまた1時間かけて港へ戻るという3時間。1日のうち、午前に1便、午後1便の2回。参加するには事前の予約が必要。料金だが、1回のクルーズで4000円。さらに、上陸できた場合は長崎市の施設の見学料という名目で300円かかる。
上陸できた場合は、と書いたが、上陸できないこともあるようだ。実際のところ、今年から始まったクルーズの初日は天候の関係で上陸できず、島を外から一周して帰ったそうだ。なにしろ外洋にぽつんと浮かぶ島のこと、波の揺れを消してくれるものは辺りに何もないため、荒れていると船を桟橋につけておくことができないのである。話によると、1年のうち上陸可能なのは100日程度ではないかと言われているそうである。ちなみに、上陸できなかった場合は、施設見学料300円は返却されるらしい。
らしい、と書いたのは、返却されなかったから。そう、わたしは運良く、上陸することができたのである。こういうことの運はなかなかに強い。
クルーズ受付のある長崎港ターミナルに到着したのは午後1時10分。参加するには、事前に「誓約書」なるものにサインをしなければならない。誓約書には以下の項目が書かれており、それに承諾して初めて乗船を許される。
1 見学施設区域以外の区域に立ち入らない。
2 見学施設においては、次の行為をしない。
(1) 柵を乗り越えるなど危険な行為
(2) 施設を汚す、破壊する行為
(3) 飲酒(船内外、島内を含む)
(4) 喫煙
(5) 他人の迷惑となる行為
(6) その他
3 安全誘導員その他の係員の誘導・指示に従う。
4 見学施設を安全に利用するのに適した衣服・靴を着用する。
5 ごみは持ち帰る。やまさ海運ウェブサイト(http://gunkan-jima.com/)より
ターミナル2階には、軍艦島を説明するパネル展示があった。かつての島の生活を撮した写真。見る限り、当時の日本の、どこにでもある風景のようだが、やはりどこか違う。台風で押し寄せる波。波はしばしば島を飲み込む勢いだったらしく、「潮降り町」と呼ばれた区画もあったようだ。
余裕を持って乗船しておく。乗船口のあるフロアと、階段登ったフロアにそれぞれ客室があるが、わたしは迷わず潮風に当たることのできるデッキにしつらえられたベンチに座った。
どやどやと他の乗客が乗り込んでくる。層はさまざま。若い男性数人組、カップル、女性2人組。若い女性1人という方も。中年の方による団体さんも。外国から来られたご夫婦も。長崎市役所の担当者数名も。手にするカメラと機材が明らかにプロ(だって、照度計なんて持ってるんだよ)という女性。出張のついでに来たという中年男性。みな、目的は廃墟を見ることなのである。
出航。船は長崎港を南へ。わたしの座る左舷真横、小山の上に、あのグラバー邸が見える。
最近完成したという、入り江を横断する女神大橋の下をくぐり抜ける。すぐ左手に、三菱の100万トンドックが見える。3連のアーチが巨大だ。
よい天気だが、風がびゅうびゅうと吹き付けてくる。シャツ1枚で来たのだが、想像以上に寒い。風が立っているために波が高い。船は左右に激しくローリング。立っている人はどこかにつかまっていないと、下手すると海中へぽちゃんである。船酔いに備えて船員が黒い袋をもって客の様子をうかがっている。わたしは不思議とこれまで船には酔ったことがないのでわりかし平気。
リゾート島として有名になったという伊王島を過ぎる。やはりかつては海底炭坑があった高島にさしかかったころ、水平線の向こうにうっすら、建物の影らしきものが見えた。軍艦島ではなかろうか。
高島を越えるともうはっきりと姿を見せ始めた。団地だろうか、高い建物が建っているのが見える。
船はぐらんぐらん揺れながら軍艦島に近づく。コンクリの塀の脇をすーっと進む。風は、さいわい船着き場のある側の反対側から吹いており、こちら側の波は比較的穏やか。これなら着岸、上陸できそうだ。
というところで、待て次回。