さくらんぼと詩人

 朝から家族で果物狩りに行ってきました。

 自宅から車を30分ほど走らせると,温泉街として知られる定山渓への道沿いに果物狩りの看板が立ち並んでいます。その中の1軒, 篠原果樹園におじゃましました。

 山腹を利用した農園で,一番高いところからの眺めが美しい。

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 本日のお目当ては,サクランボ。果樹園の公式ホームページに,29日からサクランボ解禁とあったので,これ幸いと出かけてきたのです。アマネは,お気に入りの手押し車を持って行くと言ってききません。以前,栗拾いに行ったことがあるのですが,それと勘違いしているのでしょうか。

 サクランボの木が植えられている一角にたどり着く手前に,いちご畑がありました。果樹園を経営されるご家族の奥さんが,「いちごがまだあるから食べて行きなさい」と案内してくれます。大粒のいちごを採ってアマネに手渡してくれました。食べてみると,おお,甘いですねえ。

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 いちご畑から続く斜面には,プラム,リンゴ,プルーンなどの木が植わっています。さらに登ると,赤い実をたわわに実らせたサクランボの木がたくさん。たくさん実って,枝がしなっています。これは食べがいがあります。木のそばのはしごに登って,上の方になっているサクランボをもいでむしゃむしゃ。アマネにはタネを取ってあげていたのですが,タネだけ抜いて食べることを覚えたようで,ひとりでむしゃむしゃと食べています。

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 いろんな品種があったのですが,今回いただいたのは佐藤錦,秀ヶ錦,それにアメリカンチェリー。どれも甘くておいしかったですよ。家族3人合わせて80粒くらいは食べたのではないでしょうか。

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 1本の木にこれでもかと実っていたのですが,それでも,今年の天候不順で,だいぶ不作なのだそうです。例年CMを流すような果樹園も,今年はそれを控えているほどなのだとか。案内してくれた篠原さんご一家みなさん口々におっしゃいます。いやあそれでも露天でこれだけおいしいのができれば十分じゃないでしょうか。

 入園料は大人一人800円,2歳以下は無料。持ち帰りは別途お金がかかりますが,十分元を取ったと思います。なにしろ,佐藤錦なんてお店で売っているのを買うと高いですからねえ。

「ハンバーグ食べたい」というアマネのリクエストを容れて,お昼はびっくりドンキーへ。いったん帰宅。

 午後からぼくは,中島公園にある北海道立文学館へ行きました。札幌は6年目になりますが,ここは初めてです。

 今月末からここで,詩人の吉増剛造さんの展覧会が開かれているのですが,それに合わせていくつかのイベントが予定されています。そのうちの一つ,「言葉のざわめき,おとのねにおりてゆくとき」を拝聴したかったのです。

 鼎談なのですが,メンバーがぼくとしては豪華。吉増剛造,工藤正廣,そして柳瀬尚紀!工藤先生は元北大の教授で,パステルナークなど,ロシア・ポーランド文学がご専門。実は一度だけ教授会でお見かけしたことがあります。柳瀬尚紀先生は英米文学の翻訳家として有名ですが,ぼくのなかではヒーローのような方。なにしろジョイス『フィネガンズ・ウェイク』を翻訳されたわけですから。このブログの名前の由来になったこの作品,高校の時に柳瀬先生の翻訳で読み,衝撃を受けました。このときに,ゆくゆくは詩の研究をしたいと思ったものです。

 吉増剛造の作品は,何度か「ユリイカ」に載ったのを読んだことがありますが,「つぶやき」が多いなというのが第一印象。それと,連想の速度がタイポグラフィをたたきつけるその慎重さに独特のものを感じました。なんだか評論家然として偉そうですね。

「おみやげ」として吉増さんが午前中に書き上げたという,なんでしょうかね,これは。手書きの口上と詩や文章のコラージュ,というか,バロウズ風に言えばカットアップのコピーをいただきました。

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 さて,お三方の登壇を前から2列目の席で待っていると,会場の後ろから,車いすに乗ったご老人が入ってこられました。私の目の前,つまり最前列のイスは空いていたのですが,スタッフの方などがそのイスを運び出してそのご老人が空いたスペースに陣取られました。白髪頭の上に黒いニット帽を載せた,温厚そうな男性です。

 間もなく,司会の方が開会の言葉を始めました。「…今日は山口昌男先生もいらしてますが,どちらでしょうか…。」

 ぼくの隣に座った方が,目の前の車いすのご老人を指さします。ひええ,山口先生だったんですか。驚きました。どうも話を伺っていると,吉増剛造さんとは旧知の間柄のようで,今回の展覧会の開催にもかかわっておられるようです。結局終わりまで,ぼくは山口昌男先生の背中と後頭部を見ながら鼎談を聞くことになりました。

 さてその話ですが。

 やはり,柳瀬先生がいるということで,ジョイスの話から始まりました。羽生善治が永世名人になったことに話が及ぶと,その羽生さんの天才ぶりについて,柳瀬・吉増の両氏から感嘆の声が上がります。なんでも,北海道新聞主催の大会に羽生さんが来るそうで,その機会に札幌まで呼んで文学館で何かしようという話も出ました。

 タイトルの「おとのねにおりてゆくとき」から「根の国」を連想した吉増さんが,「北海道は根の国である」と宣言。一方で,工藤先生が「柳田國男は北海道に来たが,折口信夫は青森で引き返した」ことに触れ,「別の根の国」という言葉が出されました。それに対して「確かに折口は大阪のミナミから南へ行ったんだ」と吉増さんが返し,「じゃあ」と,折口信夫の詠む歌をテープにかけてくれます(録音なんて遺っているんですねえ!)。その声は,確かに「北海道に来なかった」という前段を受けてから聞くと,そのように感じさせるものでありました。

 吉増さんは「宝」と呼んでいたのですが,お手持ちのカセットテープの録音を聞かせてくれたのが嬉しい。与謝野晶子(遺ってるんですねえ),寺山修司,アイヌのおばさん,ジョイス,エセーニン,パステルナーク。

 「耳だって修練しなきゃだめですからねえ」
 「声は記憶の重なりでできてんです」

 とは吉増さんの言葉。

 声をめぐる,詩人と翻訳家の鼎談というか雑談をそばでながめていた,そんな充実した2時間を過ごしました。

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