『生物と無生物のあいだ』

 を読みましたか、と、一人の男子学生が言った。2コマ続きの非常勤の講義を終えて帰り支度をしていたときだった。

「もちろん。おもしろかった?」
「はい。あれを読んで、精神というのは不思議だなと思いました」
「そうだよね。ただのタンパク質が、自分って何だろうって思えるようになるんだからね」 

 生得論をめぐる論争に関連して、DNAの機構について話をしたあとだったこともあったのかもしれない(ぼくの講義では、
ダーウィンの自然選択説に基づいた進化論をきちんと理解してもらうことをひとつの目標としている)。たぶん、彼の中で、
本を読んで考えたことと、講義を聴いて考えたこととが、何かの具合でカチリとはまったんだろう。

 ときどき(いや、たまに)講義が終わってから、「今日の話は○○と関係がありますか」と上気した顔で話しにくる学生さんがいる。
そのときの顔を見るとこちらはとても嬉しくなる。テーブルを同じくして卓上の問題をともに議論する、
それが大学という場の本分だとぼくは信じているので、そう感じるのである。「問題なるもの」に気づいてくれる人が1人か2人いれば、
講義というのはそれでいいと思っている。みんながみんな、心理学の専門家になるわけではないのだから。

 それにしても、『生物と無生物のあいだ』を読んだ学生さんがいるというのを知っただけで、なんかぼくは、
とても嬉しくなってしまったなあ。

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