訛りのすみやかな習得:学習論としての「あまちゃん」(02)

「あまちゃん」を素材として講義をするにあたり,2つの問いを設定しました。まずは,東京から岩手県の海沿いにある北三陸に来たヒロイン天野アキが,非常にすみやかに「訛り」を習得したのはなぜなのか,という問題について。

この問題の前提を理解するためには,「あまちゃん」のあらすじを少し説明する必要がありますね。

岩手県の北部海岸沿いにある北三陸市出身の母親春子に連れられてアキがやってくる。春子は東京でアイドルになるために家出同然で北三陸を飛び出し,20数年ぶりに帰ってきた。春子を呼んだのは幼なじみの大吉。春子の母親夏が倒れたとウソのメールを出して呼び出した。

家出した春子に夏は冷たい。春子は北三陸に居場所がなく,東京へ戻ろうとするが,しかし娘のアキは帰りたくないという。というのも,アキは夏が海女として働いているのを見たり,ウニを食べたりしているうちに,北三陸が気に入ってしまった。また,東京では学校に友達もおらず,春子曰く「地味で暗くて向上心も協調性も個性も華も無いパッとしない子」。

当初は冷たかった夏だったが,次第にアキには優しくなっていく。アキも夏になついていく。このような親密な関係ができあがった瞬間に,アキの訛りがとつぜん始まってしまう。

アキが初めて北三陸の訛りを使って話すのは,第4話でした。

天野家・居間(夜)

  ウニ丼に食らいつくアキ。
  寝転んで缶ビール飲みながらテレビ見ている春子。

アキ 「うめっ!うめっ!超うめっ!」
春子 「……」
夏  「悪ぃな,売れ残りで」
アキ 「全然いい,むしろ毎日売れ残って欲しい」
夏  「コラっ,縁起でもねえこと言うなっ!」
アキ 「ヘヘヘヘ」
夏  「罰どして明日はウニ丼売り,手伝ってもらうど」
アキ 「じぇじぇ!」
春子 「(うんざりして舌打ち)」
夏  「今日ウニいっぺえ仕入れだがら40個作っから,20個ずづ,どっちが早ぐ売れるか競争だ」
アキ 「やったあ!北三陸鉄道リアス線さ,まだ乗れる!」

(シナリオ集第1部,pp.47-48)

東京生まれのアキが話していた言葉は,当然,ドラマが始まった当初は標準語でした。彼女にとって,北三陸の訛りははじめは外国語のようだったようです。アキにとっての訛りのインパクトを強調するかのように,第1話では,海女たちが話す言葉に「字幕」がついていました。

もちろん標準語と北三陸訛りとでは,発音や語彙は部分的に異なるものの,文法は同じです。ですから,だいたいはアキにとっても理解することはできましたし,自分の標準語の知識を使って模倣することもたやすかった,と言えるでしょう。

しかし標準語使いのアキは,北三陸にしばらく滞在すると決めたときから,使用する言葉が標準語から北三陸訛りの日本語へと,ぱたっと変化してしまいました。

このときのアキに起きたことは,ある種の「外国語学習」だった,と考えられないでしょうか。第1回目の今日の講義では,外国語学習と外国語教育について考えてみたいと思います。

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