ニコラ・フィリベール『すべての些細な事柄』

 ナレーションの一切省かれたドキュメンタリー。観る者は、「そこ」に唐突に投げ出される。「そこ」がどこであるかは、事前情報なしには分からない。妙な人々が妙なことをしている日常が延々と視界に投影される。

 「そこ」は、ラ・ボルド。フランスにある、精神科のクリニックである。院長はジャン・ウリ。フェリックス・ガタリはここの創設に携わり、ここで息を引き取ったそうだ。

 たとえば病床があり、給食室があり、薬の分配があることで、かろうじてそこが病院であることが分かる。が、カメラの追う出来事は、およそ病院らしくない。劇である。

 人々が台本を片手にセリフを叫び、歌を歌い、体を動かす。演じるのはゴンブロヴィチの『オペレッタ』。与えられた役をこなすのも骨が折れる人もいる。しかし各人が相応の仕事を着実にこなしながら本番を迎える。

 この映画で面白いのは、映る人がカメラをじろじろと見ることであり、ときにカメラを回す人(フィリベール?)に話しかけることである。

 当たり前だが、カメラが人々を見るのと同時に、人々もカメラを見る。「見ることは見られること」だ。見られるという私の経験の確からしさを経由して、フィルムに映る人々のもつ確からしさもまた感じられるのである。

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