力業の力強さ

 Yahooのニュースなんかでも紹介されたのでご存じの方も多いと思いますが、Scienceにこんな論文が載ったそうです。

  「女性の方がおしゃべり」はウソ?-米大学研究

 紹介されている論文の書誌情報はこちら。

 Mehl, M. R., Vazire, S., Ramírez-Esparza, N., Slatcher, R. B., and Pennebaker, J. W. (2007). Are women really more talkative than men? Science, 5834, p.82.

 まだ読んでいないので詳細は不明なのですが、方法としてはどうやら大学生に録音装置をつけて、その音声から発話語数を単純にカウントした模様です。6年間で396人の発話が採集されたとのこと。

 得られた結果から、男女ともに毎日およそ1万6千語を話しているものと考えられるそうです。著者たちの関心は発話語数の男女差にあったわけですが、統計的に有意な差はなかったらしい。

 つっこもうと思えばつっこみどころは多々あるのでしょうが、私としてはこの研究に素朴に驚嘆してしまいました。

 人は1日にどれくらいの単語数を話しているのか、疑問に思うのは簡単ですが、これを実際に数えるとなるとそうとう苦労するのは目に見えています。いや、実は数えることそれ自体はそれほど手間ではない。形態素分析ソフトのようなものもありますし。

 この手の研究で一番手間がかかる問題は、コンピュータでカウント可能な形に発話を文字化することでしょう。この作業をやったことがある人なら実感として分かりますが、書き起こしはとにかく時間がかかる。ぼくの場合、1時間の会話を書き起こすのに6時間くらいかかります。それを1日分、しかも396人!1人について1日の発話を書き起こすとして、1日のうち起きている時間(録音された時間)を16時間とすると、396(人)×16(時間)×6(時間)=38016時間! 24時間ぶっとおしで書き起こしをしまくるとして、ぼく一人ではまるまる4年以上かかる計算となります。

 繰り返しますが、まだ元を読んでいないので詳細は分かりませんが、仮に396人分の1日の発話を「すべて」書き起こし、文字化した上で、1日に使用された単語数をカウントしたのでしたら、ぼくは素直に拍手を送りたい。

 「ぼくら、1日でどんだけしゃべってんだろうねー」って、なんだか「トリビアの種」のように素朴な疑問です。これに対して回答する術としては、サンプルとなる時間帯を取り出してそこで用いられた単語数から1日の単語数を推計するか、あるいは実際に1日の単語数を数え上げるかしかないわけです。

 こざかしい計量言語学者ならば前者を採用するのでしょうが、あえて後者というイバラの道を選ぶ。言ってみれば、「力業」ですよ。しかし、得られた数は、異論をはさむ余地のないものであります。この力強さ。

 「数え終わりました!1万6千語でした!」

 うつろな目、髪はぼさぼさ、肩はがちがちになったスタッフが、窓から差し込む朝焼けに照らされながら、集計の終わったメモを読み上げる。同じく目やに混じりの眼をしたまわりのスタッフはパチパチと力強く拍手、そしてかれらはそのままばったりと机に倒れ伏し、安らかな寝息をたてはじめるのでありましょう。なんかそんな情景が頭に浮かびますよ。

 理論もない、技術もない、あるのはただひたすら疑問に素朴に答えようとする執念のみ。いいですなあ。

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